バーチャコール フェアリーテール/F&C

1995年2月24日発売(DOS版)
1996年4月26日発売(Windows3.1/95版)
ご意見などは掲示板へどうぞ

 私がPCを初めて購入した1997年3月(消費税が5%に上がる直前…セコさがわかりますね(^^;)のころ、双方向対話システムとやらをいろいろと目にし、Cu-See-Me(だったか?)などという単語がPC関連雑誌に見受けられました。その後、映像を使ってのコミュニケーションがPCレベルで深化しているようには見えず、むしろカーナビなど片方向通信が発展しているような印象を、素人目には持っています。

 しかし、電話という近代世界有数の発明に始まる遠隔コミュニケーション技術に対する希望や空想というのは、実に多彩な形で表現される。これは、今も昔も代わりありません。これを突き詰めていくと、映像を入れたテレビ電話というものがアタマに浮かびますが、これとスケベな欲望とをリンクさせたゲームというのが、やっぱりあったのですな(^^;) 今のように携帯電話が誰の手にも行き届き、画像の送受信なども気楽に行えるようになるのも時間の問題、と感じさせる2000年現在、技術的にもどうにも中途半端で陳腐なものに映ってしまうのは、このゲームが発売されてからの年季の長さを物語っているだけであり、ゲーム当時の実情から考えられる「近未来」がこのようなものであった、とも受け取ることができそうに思えます。

 以後、このゲームはシリーズ化し、『バーチャコール』(以下、「VC」)はフェアリーテールブランドの柱の1つとなったともいえるでしょうが、『VC2』→『VC3』→『VC2.2』→『VC』というプレイの順をたどった私にとって、かなりの驚きをもって受け止められた初代モノでありました。

シナリオ

 主人公・長谷川健太郎(姓名とも任意に変更可能)は、ある日、「バーチャコール」なるQ2回線へとテレビ電話をかける。そこにいたオペレータ、プリシアと名乗るプログラム人格の手伝いもあって、次々と女の子を口説く毎日。そんな彼に対し、半ば呆れながらも手伝いを続けるプリシア。最後に待っている展開とは何か。

 

 登場する女の子を口説いたら、現実世界でデートして、Hします。すると、今度は別の女の子を口説きます。それの繰り返し。これ以上付け加えるべきことはありません(^^;)

 口説くときには、選択肢がいくつか用意され、それを適当に選んでいけば大丈夫です。もし選択に失敗しても、プリシアが時間を戻してくれ、その女の子とのやり取りの最初から強制的にやり直しをさせられるので、詰まりようがありません(^^;) 実際、無難な選択肢を選んでいけば、そう何度も何度も時間を戻されることもないと思います。約1名、かなり難しいキャラがいますが、それでも3回ぐらい繰り返せば先に進むでしょう。

 少しやり直して違和感を抱いたのが、モテないとか女に縁がないとか言っている割に、気楽にどんどん口説いていること。ここにツッコミを入れると、そもそもこのシリーズが崩壊してしまいますが(^^;)、初代『VC』は、あくまでも主人公が「自主的に」バーチャコール回線へアプローチしていますからね。この不自然さがやや強調されてしまう点はひっかかりました。

 

 しかし、この「時間戻し」、バーチャコール回線外でもやってしまうんですけど……なんで? プリシアは神様なのか?(^^;) まぁ、もともとのモデルは、『きゃんきゃんバニー・エクストラ』におけるスワティらしい(『フェアリーテールリミックス4』によります。スワティは弁財天という神様として登場します)のですけれど、人造人格が時間操作を行うという作業に、背筋が寒くなるほどの不気味さを感じたのは、私だけでしょうか。プリシアという存在の陰に、いい知れない「何か」があるような、そんな気さえしてしまいました。いえ、「考えすぎ」だというのはわかるんですけれど、「時間」という概念を持っている動物は人間だけ、そしてその概念を無機物が加工・操作することが可能であるという設定には、(技術的な可能性はさておき)近未来的な高度管理社会を不気味に暗示しているように感じます。実際には、深いことは考えず、『エクストラ』で、神様であるスワティが「失敗したら時間を戻す」となっているのをそのまま採用しただけと思われるのですが、「時間操作」の主体が、「人間から超越した存在(=人智の及ばない)としての神様」と、「人間が作りだした人格」とでは、その意味がまるで違ってくるはずです。単なる御都合主義的な説明だけで落ち着くことができそうにない、というのは、考えすぎでしょうか? 「256ビット第5世代ガリウム砒素チップ搭載」(プリシア談)なんて関係ないでしょ。「時間」を具体的に何らかの意図を持って操作できる主体の存在の「不自然さ」が、私には最後まで気にかかりました。

 

 このシリーズの主人公は、外伝である『VC2.2』を除いて、みんな鬼畜で外道なナンパ野郎なんですが、初代『VC』の場合、口説かれる方も口説かれる方で、すぐに口車に乗って、脱ぐ、股を開く……なんなんだおい(^^;) 相手が軽いので、主人公が鬼畜な奴でも、べつだん不快感は感じませんでした。まぁ、こんなもんだろ、と。軽い男と軽い女の軽いお話。個人的には、「軽い女」を落としてもあまり楽しくないので、ゲームとしての難易度は低くてもいいから、もっとあれやこれやで手こずらせてほしいと感じます。

 ただ、その鬼畜な奴と、最終的にプリシアがくっつくのが、何となくすっきりしませんでしたが(^^;) まぁ、人を見る目がないなぁ、ということで、プリシアに多少幻滅したのも確か。エンディング自体は、ちょっと強引に思えますが、特に気にはなりません。「人外」キャラでの結び方といえば、あれしかないでしょうからね。ただ、このエンディングも、やはり『きゃんきゃんバニー・エクストラ』と同じとは…。『エクストラ』プレイ前にこのゲームをやると、魅力半減ですな。

 

 一説によると、最初にグラフィックがあって、それをつなぎあわせる形でシナリオをひねり出したのだとか。なんかものすごいことをやっていますが、シナリオを読ませるタイプのゲームではなく、CGを見たり会話を楽しんだりが第一義のゲームなので、割り切る方が吉でしょう。とはいえ、口説くゲームと考えてみた場合、個人的には、あまり会話のノリが楽しいものと思えなかったのが、多少辛かった。かなりおバカな会話を延々と続けるというのは、例えば『VC2』でも同様なのですが、『VC』の場合、会話内容のメリハリが少なく、緊張感もあまり感じられませんでした。表情変化の多彩さですべてを決めていたのではないか、そんな印象さえ受けます。

ゲームデザイン

 バーチャコールでは、いきなり一対一になります。『VC2』以降のような「パーティライン」というシステムはありません。はっきりいって、これだけならオペレータはいらないのではないか、などと思ったりしてしまいましたけれど。実際、『VC2』以降のウィンディ(プリシアの後継オペレータ)の方が忙しそうですし。

 そして、ツーショットになってからHすると、それでそのコはお役ごめんで、基本的には、2度と登場しません。次のコにさっさと移りましょう(^^;)

 こんなしだいなので、各女の子ごとの短編をつなぎ合わせ、最後にエンディングを用意した、そんな感じですね。

 エンディングは、1つしかありません。従って、お気に入りのコとのエンディングが見たい、と思っても、ある1人のキャラクター以外とのエンディングは存在しません(^^;) 選択の余地がないので、完全な一本道で、分岐はまったく存在していません。

 

 『VC2』や『VC3』とは異なり、デートでのイベントの量があまりにも少ないのも痛いところですね。『VC2』では、デート先が複数選択でき、デート先によって違うCGが見られたりしました。また『VC3』では、複数回のデートがHシーンに到達するまでの条件になっていました。しかし、この『VC』では、ただひたすら、口説き、ヤるだけ(^^;) ま、口説くだけのゲームと割り切るべきでしょう。

不具合・修正プログラム

 F&CのWebサイトに、ADMの最新バージョンが用意されていますので、これを当てておくのがよいでしょう。具体的な不具合などはありませんが、ADMをバージョンアップさせることで、描画速度が格段に速くなりました。

操作性など

 このシリーズは『VC2』以降、セーブもロードもやりにくいことこの上ないゲームでもあり、他のアプリケーションを極力起動させないなど、万全を期してプレイ(^^;)したものです(最後発の『ProjectVC』を除く)が、特に心配はいりませんでした。上記の「強制時間戻し」のために、ゲーム中にセーブ&ロードが必要ないため、ロードはトップメニューからだけしかできないとはいえ、何の問題もありません。また、要所要所でセーブできるようになっているので、いつハングアップするかとびくびくしながら、まる1時間以上ノーセーブのプレイを余儀なくされるということはありません。しかし、逆に言えば、ユーザーインターフェースの中でも最重要なファクターの1つである、セーブ&ロードに関しては、つい最近まで、完全に「無視」していたという姿勢が明らかで、あまり面白くはないですね。

 さらに、メッセージの表示速度が速いので、プレイ速度が速めの人に向いているのかもしれません。しかし選択肢は、「Enter」キーで押すとあっという間にテキストが流れてしまうので、選択の際にはマウス左クリックの方が良いでしょう。また、エンターキーを押しっぱなしにしていれば、スキップと同様になります。

 なお、聞き留めた電話番号は、画面左側の「▲」マークを押すと出てきますが、こんなことマニュアルにも書いていないしプリシアも説明してくれないので、初回プレイでは、「番号わかんないのでゲーム進まない状態」に陥り、最初からやり直しました(^^;)。だって、『VC2』『VC2.2』『VC3』では、一度聞いた電話番号は、自動的に登録されてすぐに呼び出せるようになっていましたからねぇ。いずれにせよ、聞いた情報は、その都度メモを取っておく必要があります。ここは、ちょっと難アリ。

 余談ですが、マニュアル最終ページの注意書きは、なかなかぶっ飛んでいます(^^;)

サウンド

 BGMは、CD-DAです。ゲーム中の基本BGMのパターンは、3通りの中から選択できるようになっています。このような「BGMチェンジ可能」という仕様は珍しいですね。他には、『卒業写真2』(ジャニス)が、こういうシステムでした。アップテンポでノリのいい曲がいいですね。

 ただ、『VC2』や『VC3』でも同様の不満をおぼえたのですが、BGMのクオリティはいいのに、曲名がついていない(音楽モードはあるのですが、ここを見ても何も書かれていない)のです。これが悲しいところ。これだけなら、Windows付属のCDプレーヤーで十分です。

グラフィック

 藤井純生、あさの、松本規之の各氏など、そうそうたる方が名を連ねるとおり、非常にクオリティの高いものです。さすがに、『VC3』のCGなどを見慣れていると、16色ですし、ジャギーも目立ちますが、まぁこれは目が贅沢になっている証左でしょう。不安(「不満」にあらず)といえば不安なのが、VCシリーズ最新作の『ProjectVC』では、完全に原画担当の方が替わってしまっていること。なんだか、アニメ的というか、かなりイメージがズレてしまうんですよね。これは、『VC2』&『VC2.2』→『VC3』でのウィンディにも感じたことなのですが、それ以上に印象が大きく違ってしまって…。

 このゲームでの最大のウリは、そのバラエティに富んだ表情の変化でしょう。画面のかなり大きな部分を人物CGが占め、ボディランゲージを惜しげもなく見せてくれます。表情のいきいきさといいますか、活力というものを感じることができました。

 しかしさすがに、表情の変化、セリフとのシンクロという面では、『VC2』で確実に進歩しているためでしょうか、さほどのインパクトは受けなかったのが正直なところです。

 あ、あと、Hシーンは結構濃いですね。最初の相手をいきなり縛るし(^^;) ただ、「これはこういうゲームなのだ」と割り切らないと、不快感が募るばかりでしょう。

お気に入り

 特になし(^^;) ご遠慮したいキャラならいましたが(^^;;;) なにせ、エンディングを迎えた時点で、プリシア以外のキャラクターの名前をまったく覚えていないくらいですから。

関連リンク先

 私のサイトからリンクしているページでは、このゲームを取り扱っているところはないようです。今更取り上げるほどのゲームでもないですし、何よりも古すぎますかね。

総評

 『VC2』のエミリ、『VC3』の光海のようなキャラクターはおらず、それらをすべてプリシアが担っている……というのは、表現としてはむしろ逆なんでしょうね。『VC』のプリシアの役割を、エミリや光海が果たしている、というべきなんでしょう。

 まぁ、本当にお手軽なゲームなので、時間がないときのつなぎにはなりますけれど、あまりコストパフォーマンスがいいとはいえません。古いゲームに多くを求めるべきではありませんが、少なくとも、『VC2』や『VC3』のようなスケールはない、とだけは、ハッキリと言うことができます。これは、このゲーム自体が、『きゃんきゃんバニー・エクストラ』のデザインを踏襲(焼き直し)していながら、シナリオ面での密度が非常に低いため、結果として完成度の低いものになっているためでしょう。

 しかし、『VC』という「単なる口説きゲーム」が、『VC2』で「手数を必要とするナンパゲーム」へと発展していったことを感じることはできました。えてして、「続編」がリリースされた場合、グラフィック以外では前作の方が完成度が高いという評価を下すケースが(私の場合)多いのですが、『VC』→『VC2』に関する限り、むしろ、『VC2』の方こそ完成度が高い、と感じています。

個人評価 ★★★★★ ☆☆☆☆☆
1999年8月25日(NIFTY SERVE FCGAMEXにアップしたものを加筆・修正)
(2000年1月5日、加筆・修正)
(10月19日、加筆・修正)
Mail to:Ken
[レビューリストへ] [トップページへ]