アトラク=ナクア アリスソフト

1997年12月18日発売(『アリスの館4・5・6』所収)
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 女の情念とはなんぞや。漠然とした抽象的な言辞はいくつか頭に浮かびますが、まだ二十代の経験浅い弱輩野郎にとっては、そういった空虚なイマージュは理解の助けにはなりそうにありません。しかし、これを実に細やかに描いている小説などを見ると、自分には作りきれない像が結べる鮮やかさに、思わず溜息をついたりすることがあります。

 Xゲームの中で、こういう情念うごめくシナリオというものは、ほとんど見られません。男と女の関係を考えればごく自然に作りうる設定ではありますが、ゲームという舞台に加工するのは難しいからでしょう。しかし、敢えてこの難題に取り組んだゲーム、それが『アトラク』です。

シナリオ

 巨大な女郎蜘蛛と、修行僧の姿を取った人物。両者は対決の結果ともに傷つく。女郎蜘蛛は、ある県立高校に巣を張り、比良坂初音という名前をもって傷を癒すことにする。彼女は、宿敵との再戦に備え、力を蓄えるべく人を狩ることにする。その時、学校内ではある女子高生が陵辱を重ねられていた。気まぐれで彼女を助けた初音は、高校生たちを巻き込みながら、かりそめの人間内生活を送ることとなる。

 

 人間でない、しかも女性主人公という、非常に独特の設定が目を引きます。この結果、人間の道徳というものを一定程度意識しながらも、それに引きずられることなく特有の世界を描くことが可能となっています。これを意識させるのが、オープニングの記述であることは、非常に憎い演出です。

 しかし、このゲームの中では、「人間以外の存在」を主人公にした結果、「その視点とは何か?」「その世界とは何か?」といったことがテーマである、という先入観を、プレイヤーに植え付けかねないように思えます。このゲームが発売された直後は、私は入試直前だったため、当時の一般的な反応はよくわからないのですが、後日のNIFTY SERVEでの書き込みなどを見ると、キャラクターに関する感想、あるいは、シナリオ構成(あるいはエンディングの是非)に関する感想が非常に多く、全体に流れるテーマや雰囲気に関してのものは少ないように見受けられます。これは、ビジュアルノベルとしては先輩にあたる『』(Leaf)のように、キャラクターの魅力を意図的に引き出す形で描写しているのならば自然なことですが、このシナリオでは、むしろシナリオ理解にはある程度の時間がかかるように思えます(いや、私の反応が鈍いのかも知れませんが)。従って、「シナリオを全体的に把握しようとするには取っつきにくく、細部の展開に関して記憶に残る」というタイプのゲームなのかもしれません。こういったゲームになっていること自体が、本作品のあるべき姿として是たるべきか非たるべきか、それは私の判断できる領域ではありませんが。

 

 テキスト記述は、主人公の視点で書かれているわけではなく、体言止めや客観的叙述を多用する、いわば散文詩的な手法を取っています。この結果、文の中に込められる情感描写はダイレクトには伝わってこないものの、「背景」という触媒を通じて多段階的に表現されています。決して多くはない表情変化など、ややもすると単調にしか思えない「表現」が、むしろ「平板の積み重ねの結果としての情感描写」を達成していると気がついたのは、プレイも中盤に差し掛かってのことでした。

 逆にいえば、描写にあたっての視点配置はすぐれているものの、それを表現する語彙には、文語としては極端なまでに「誠実」な使い方がなされています。すなわち、描き方はあくまでも(一見)平凡なのです。しかし、長い時間のプレイに際しても、「読む」こと自体への疲れを感じることはまったくありませんでした。これは、「情報を多く伝えないような表現」が徹底されていたからでしょう。逆に、『痕』のような、あくまでも丁寧な表現が使われていた場合、おそらく与えられた情報の量に圧倒されたあげく、エンディングまで持たなかったことだろうと考えます。

 

 さらに、細部から考えた場合、冒頭でも記したとおり、何よりも「女の情念」というものがキーワードになるのでは、と感じます。登場人物たちの行動基準は、決して予定論的な展開で説明可能になってはおらず、感情をむき出しにするシーンが非常に多いのですが、このシナリオで描かれているのは、徹底的に「女性の感情」がどのようなベクトルをもって動くか、です。整合性のない展開と思えるシーンがいくつかありますが、それらをすべて貫徹するテーマといえば、やはりこれに尽きましょう。

 高校の中で発生したさまざまな惨劇を見ても、その契機となったのは女性たちの中に潜む「負の感情」であり、それにつけこんだ初音自身も、結局それに動かされているわけです。この描写を最後まで貫いたのは、さすがです。

 

 シナリオ全体のテーマを、おおよそ上記のように把握している以上、私にとって「トゥルーエンドは1つだけ」「被害者多数は可」という考えになっていますが、ここで納得いかない、という方はかなりおられるようです。確かに、人間にとって救いがあるという話ではありませんし、かといって、それが避けがたい宿命に彩られているわけではありません。すべては人為的な感情あるいは行為の結果、予定調和的に惨劇が累積したまでのことに過ぎません。この「耐え難い救いのなさ」は、感動というよりは、人が目をそむけ続けることができない負の面を背負っていることを再認識させられるものですから、ゲームという「楽しみを求める」ツールとして眼前に出された場合、違和感を覚えるのは当然でしょう。

 さらに言えば、「情念」という言辞で描く場合、毒牙にかかる対象がかなり限定されている、すなわち、キャラクターの幅が狭くなっている点も、少し気にかかるところではあります。具体的には、恋情に対しあまり経験のない小娘ばかりが扱われているわけですが、より「情念」のおぞましさ、救いのなさを徹底させるのであれば、一定程度経験のありそうなキャラクターを配置してほしかったと感じます。ちょうど、高校という典型的な舞台を備えているのですから、女教師という配置が簡単にできたでしょうし、あるいは別の大人を使うことも可能だったでしょう。この点が、個人的にはやや惜しまれると思えます。

 しかし、こういった展開を、淡々と「逃げることなく」最後まで描ききったことには、惜しみない拍手を捧げたいと思います。

ゲームデザイン

 ビジュアルノベル形式のアドベンチャーゲームです。シナリオの根幹は、基本的に1つの方向に従って流れ、エンディングも基本となるのは1つだけです。途中に登場するキャラクターに対する取り扱いによって、シナリオの展開が小分岐しますが、一度プレイすると、途中から「キャラクターの取り扱い」を変えることができるので、リプレイは非常にやりやすくなっています。

 各章ごとの分け方は、ボリューム的にほぼ妥当と考えてよいでしょう。

不具合・修正プログラム

 私の環境では、特に不具合などは起きていません。

操作性など

 左クリックでゲーム進行、右クリックでメニューが登場するという、リーフのVNシリーズと似た操作性ですが、セーブ&ロードは3個所のみである上、この両者が基本的に同時に出てくるので、「セーブのつもりがロードしてしまった」というケースがありました。もっとも1回プレイすれば、(セーブしていなくても)任意の章の初めからスタート可能なので、実質的にセーブポイント1個所だけであった『痕』に比べれば、非常に使いやすくなってはいます。セーブの際にはコメントをつけることができますが、使ったことはないので便利というほどのものではないと思います。

 画面表示は、通常画面ではグラフィックにテキストが重なる形で表示されます。テキスト自体に技巧的なものを強く感じる『痕』に比べ、いかにも素っ気ないのは「シナリオ」欄で記したとおりですが、このテキストもビジュアルノベル形式にフィットしているのには驚きました。なお、イベントシーンでは、テキストは画面下部に表示され、ビジュアルと重ならないように配慮されています。残念なのは、フォントがすべて固定ピッチの明朝体で、変えられなかったこと。個人的には、もっと太めのフォントを使いたかったものです。

 メッセージの早送りは、既読の文のみ可能です。ごく一部のシーン(冒頭など)をのぞいて、フォント表示速度が常に一定であるのは残念。『雫』や『痕』で実現された良い点をかなり多く取り入れている中で、この演出を切ったのは非常に疑問が残ります。非−日常的世界を多く扱っているのですから、なおのこと。

 CGモード・BGMモードは、一度エンディングを迎えると入れます。CGモードはサムネイル表示されますので、「見ていないCG」のチェックはやりやすくなっています。

サウンド

 BGMは、CD-DAです。非常に雰囲気の合った、いい曲ぞろいですね。ゲームの中では、サウンドは後衛にまわっており、演出するというよりは「バックに控えている」という印象で、曲を聴いただけで特定のシーンが思い浮かぶ、ということはありませんでした。これは、BGMの中で強烈な個性を持った曲がシナリオを牽引していた『雫』などとは、明らかに異なります。

 最終章で流れる3部作は、特にいいですね。もっとも、日常的なBGMとして流したい曲でもないのでありますが(^^;)

グラフィック

 リーフVNの先入観のため、こういうゲームには線がハッキリしている方が似合っている、と思いこんでいましたが、キャラクターの個性を強烈に押し出すタイプのものではないだけに、むしろ柔らかい感じの色彩は、ゲーム世界に非常によくマッチしていた、と感じます。特に、暗めのシーンにおける塗りは、こうでなくては、と思えるものでした。

お気に入り

 特にありません。誰それに萌える、ということばで表現できそうな思い入れを持てたキャラクターはおらず、むしろ、「世界」の中でそれぞれが紡ぎだした蜘蛛の糸によって拘束されている、という印象なので、少なくとも女性キャラはほぼ同列に受け止めています。

 男性陣では、和久がなかなかのものと思いますが、大阪弁に対して生理的に違和感を覚えてしまいました。本場モンを使っているだけに、神戸コトバで育ってきた者としてはどうしても反発が(^^;)

関連リンク先

 まずは蓼原さんのレビューが必見でしょう。また、SHEOさんのサイトにもレビューがあります。

総評

 人間の心理を扱いながら、最後まで登場人物に感情移入することなく(「感情移入できず」ではありません)プレイを終えることになったゲームは、後にも先にもこれただ1つです。

 ただ、このゲームは、メンタルへの訴え方が非常にソフトであり、またテキストが素っ気ないため、プレイヤー側の「解読」には、相応の意図的な努力を必要とします。この過程を通るかどうかで、このゲームに対する評価の中身は(たとえそれが「高い評価」という点で一致した場合であっても)、大きく変わってくるでしょう。その点では、プレイヤーをある程度選ぶゲームであるように思えます。

 個人的には、「情念」の描写、あるいはその顛末としては、やや不満が残るのは確かです。また、『痕』などとは異なり、Xゲームという手法を取って初めて可能となった表現であるとも思えません。すなわち、受け止め方としてはプラス評価をしたいのですが、このゲームをプレイできたというだけで喜べるというわけではなかったのです。ほかに(Xゲームとしては)比較の対象がないだけに、それなりに気に入った、という程度の評価に留めておきたいと思います。

 それ以前の問題として、単独で発売してほしいものです。『館456』を手に入れられた人のみがプレイ可能、というのは、どう考えても望ましいこととは思えません。新品の在庫は払底しているハズですから、4〜5000円程度の価格で発売してほしいものです。

補注:その後、『零式』とともに、単体パッケージとして発売されました。(2000年10月21日)

個人評価 ★★★★★ ★★★☆☆
1999年9月19日
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