キャッスルファンタジア聖魔大戦 Studio e.go!

1998年11月20日発売
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 戦記物といえば、一般ゲームではりっぱな題材の1つですが、18禁ゲームではずいぶんと数が少ないものです。もちろん、戦闘で話を進めていくというゲーム自体は珍しくもなんともありませんが、アイテムやイベントに重きを置いたタイプのRPGが多いように思えます。しかしこのゲームは、いろいろと見せ場を設けてくれ、なかなか考えさせることの多いシナリオを用意しているゲームでありました。嫌な部分もかなり多いのは確かですが(^^;) 起動したとたんに、あの「ADM」のロゴが出てきて、目が点になったりもしました(^^;)

 この『キャッスルファンタジア聖魔大戦』のほかに、一般向けの『聖魔大戦』というゲームもあります。パッケージはほとんど同じなのですが、18禁版の価格が定価8800円に対し、一般版のそれが定価4000円台という極端な設定差には、首を傾げざるを得ません。18禁版が先に出たものの売れなかったので…とかいうことはないですよねぇ?(^^;)

 なお、以下の記述では、特に注記のないかぎり、『キャッスルファンタジア聖魔大戦』を略して『CF聖魔大戦』と記します。

シナリオ

 インジェラ教国軍の武将、ヒューイ・エルザードは、軍略や戦機を見る才に秀でながら、教国軍随一の怠け者でもあった。邪神軍ルーシエラに進攻するための実働部隊として編成された「聖部隊」の一角を担うことになりながら、やる気などまるでなく手を抜くことばかり考えるヒューイ。そんな彼のもと、部下として彼の元に働き、そして敵として彼に対峙する人々には、どのような想いが去就するのか。歴史のメインストーリーには決して立ち得ない人々の人生模様は、どのような綾を成すのであろうか。

 

 シナリオ担当は、西出明久氏。

 このゲームの中で最も特徴的といえるのが、18禁ゲームの「定番」を根底から無視しているような主人公の設定でしょう。日常ではとぼけていても実力は大したものである、というのは、RPGの要素を備えたゲームではいくらでもありますが、この『CF聖魔大戦』では、主人公が達観しており、その「やる気のなさ」が、彼なりの世界観に裏打ちされている点で、非常に珍しいものとなっています。

 戦争という営為、世襲の軍人という身分、そういった呪縛に対して強い閉塞感を抱きつつも、日常的に人がどんどん死んでいくという現状から目を背けることはしない、その結果として彼が選択している「怠業」という姿勢。物語の中で、「英雄」が求められ、あるいはそれに対応する形で「虐げられし民衆」が置かれる、こういった紋切り型の叙述に留まっている18禁ゲーム群の中では、ヒューイのような主人公像は、異彩を放っているといえます。

 さらに、彼自身が、決して自分自身の倫理観を捨てていないながらも、自分の能力を憎たらしいまでに正確に把握し、決して無理をしていないことも指摘できましょう。「俺流」を押し通し、それを世界の中で実現させてしまう主人公は、その主人公を操作することでプレイヤーに解放感を感じさせたり征服欲を昇華させたりする役割を持ちますが、逆に「世界」自体をアプリオリのものとして固定してしまい、その結果として、シナリオが「異能者」ゆえの物語の枠内に留まってしまう、という弱点が常につきまといます。しかし、ヒューイという主人公は、「見る目」を確かに持ってはいながら、人並みはずれた才能で道を切り拓きながら世界を作り上げていく、という姿勢はまったく取っていません。むしろ、「世界」の中で自分が正直に生きられるようになるためには、世界に対してどんな姿勢を取ればいいのか、それを半ば本能的に判断して行動しているように感じます。

 もっとも、彼の姿勢あるいは行動から、「戦争に絶対の正義がない」ということのみを抽出し、それをメインテーマとして据えることは間違いでしょう(そういう説明も実はゲーム内に出てはいますが)。なぜなら、この考えだと、「Aに対して、必ず“not A”が存在する」という以上の意味を持てないからです。むしろ、世界の中における「普遍的な「正義」は、すべからく相対化されるべき」と受け止めるべき、と考えます。

 こういう「気楽さ」を主人公が体現することが可能となったのは、「歴史」を“物語”として語るというオーソドックスな手法を取らず、むしろ外伝的な側面を持つ形を取ることで、奇抜な力技なしに先の見えにくい展開を実現させたゆえでしょう。叙述方法自体がステレオタイプ化しつつあるように感じるアダルトゲームの世界では、非常に強い輝きを放っていると感じます。

 

 あと、久しぶりに斬新さを感じたのは、主人公が恋愛沙汰に関して「疎い」というのではなく、徹底的に無関心であること。なぜこの主人公がモテるのか、となると、例によって「無理があるだろそれは」という展開が多いのですが、主人公がウジウジしないため、むずがゆくなるような違和感を覚えることもありませんでした。

 ただ、Hシーンになると、その本性を現すというか何というか、けっこう鬼畜になります(^^;) 「指何本入るかな」あたりですでに鬼畜ですが、「性教育」になると、あれはレイプ以外の何ものでもないでしょう。第一、そのHシーン自体も取って付けたような印象は否定できず、ほとんどのシーンはなくても関係ないように思えます。

 

 このように、秀逸な面が非常に多いシナリオですが、問題点もまた非常に多い、といえます。いや、単純に数を数えていけば、むしろマイナス要素の方が多いかもしれません。

 

 まず第一に、シナリオ設定全体の整合性が、まるで取れていないことが挙げられます。

 シナリオ全体で見ても、ヒューイという視点で世界を見た場合に「歴史のサイドビューによる叙述」という以上のものが何も見えてきません。歴史に善悪の倫理観を据え「神の視点」から裁く、そのことを相対化することには、確かに一定程度成功しています。しかし、歴史を「再評価」するための新たな視点になっているわけではなく、いうなれば「単なる裏話」の域を出ていません。

 もちろん、メインとなる流れ(主流派)がありながら、決して表舞台に立つことがない方向に光を当てることで、その実体が明らかになるのだ、という意見があるでしょうし、それはむしろ当然すぎるほど当然のことです。しかし、それはあくまでも「メイン」があってこそのものです。「メイン」の像が結ばれていない状態で、傍流の中からだけ真実を描こうとしても、それが「反主流」としてどのような存在意義を持ったのか、まとまるはずがありません。

 ヒューイたちの「世界」は、結局何だったのか。ヒューイの「目」に映ったものが、単に「時流から弾かれた一異端者の記録」に留まるものと考えるにしては、他のキャラクターが取っている行動のバリエーションが多様ですし、何よりも、世界設定の中における対立構造の「軸」が中途半端に描かれているため、「何が根幹となっているのか」を非常にわかりにくいものにしています。

 

 これに次ぐ問題点として、ゲーム世界の中で設定されている社会構造、あるいは組織などといった「社会的な人間関係」の扱いがあまりにもぞんざいであり、その場しのぎとしか言いようのない記述が最初から最後まで続くことが挙げられましょう。

 この点は、個別の事例を挙げていくと、まさにキリがないほどです。インジェラ・ルーシエラ両国間の軍事関係(すでにインジェラ側が軍事的に有利であったはずなのになぜ聖部隊を組織する必要があったのか、必要があったなら「左遷」──「懲罰」でも「処分」でもない、通常の異動の範囲内──という形で聖騎士を閑職に追いやるだけの人材的な余裕がどこにあったのか、などなど)を初め、どうしてそうなったのか、と疑問を持つ点は山ほどでてきます。私はプレイしているうちに、ツッコミを入れても虚しいからやめよう、と諦めてしまいましたが(^^;) あらゆることを、強引に展開していくのですが、無理だらけです。

 これは、例えば「戦略が噴飯ものである」といった次元の「無理」ではありません。また、「説明不足」云々でくくれることでもないでしょう。

 

 また別個の問題点として、各キャラクターの性格設定がまちまちであることも指摘できます。ヒューイと接することで成長したり(アリア)何かを取り戻したり(ソミア)といったキャラも確かに存在してはいますが、雰囲気を何となく作るために何となく存在しているキャラクターが多いこと多いこと。ハンナとティアなど、2人設定する必要がどこにあったのでしょうか。またルナールなど、彼女絡みではクライマックスとなるイベントシーン以降、急速に「どうてもいいキャラ」化していきますが、性格が豹変していくさまには無理があります。

 主人公以外のキャラクターは、あくまでも「ヒューイと接することで「世界」を作る対象」と割り切っているのであれば、単にキャラのバリエーションを増やす、という手法も効果を出すでしょう。しかしこのゲームは、むしろ各キャラクターの相違は、せいぜい口癖と服装ぐらいというケースが多くなっています。キャラクターにとって決定的な「見せ場」はあっても、それがその後の彼女たちに対し、ほとんど影響を残していないのです。設定が一部分でしか適用されていないのではないか、と思えてなりません。

 

 まったく別の次元の話ですが、マニュアルのキャラクター紹介記述にも、大いに問題を感じます。そこで描かれているのは、主人公ヒューイと、アリア、ハンナ、以上3名のみです。ゲームスタート時点からヒューイとの接点がある主要キャラクターについては、一言も触れられていません。デュシスやシルエラについては、彼らに関する情報が何もないままプレイを続けることになります。すなわち、デュシスというキャラは「第一聖騎士」であり「ヒューイの幼なじみ」ではあっても、それ以上のことはわかりません。シルエラも、なぜかヒューイにらぶらぶ(というより、「ヒューイ様」と彼女の脳にインプットすると計算不能になります(^^;)という以上のことは一切が不明という「謎の女性」。この状態では、ヒューイというキャラクターがインジェラ内でどんな立場だったのか、さっぱり見当がつきません。「ゲーム世界」に対し、無用の想像介入を許容する以上のメリットを感じません。

 「ヒューイとそれ以外」に徹しているゲームなのだからこれで良い、という見方も可能かも知れませんが、ヒューイは彼と接触した人間を通じてその「世界」を呈示しているのですから、最初から登場するキャラクターについては、相応のフォローが必要でしょう。

 前作である『キャッスルファンタジア』に登場済みで、説明不要、と判断されたのかも知れませんが、そうだとすれば、今度は「前作プレイを前提とした続編」という体裁を取っているようにはとうてい見えないことを考えると、かえって問題が大きいと考えます(私は前作は未プレイなので、断定はできませんが)。

 

 あと、このゲームは、Hシーンの有無だけで18禁として設定されていますが、もともとPCゲームの市場という性格を考えれば「18禁を買うプレイヤーをターゲットにすればいいや」という理由で開発されたのではないか、という気がしてなりません。『Kanon』(Key)のように、全年齢版発売の背景に「コンシューマー移植」があるわけではないことを考えれば、18禁シーンを入れるゲームを作ってはみたものの、実際にはその意義が非常に小さいものになってしまった、という印象が否定できません。

 それよりも、戦争という「(ゲーム世界での)現実」をよりリアルに描き、ヒューイのやる気のなさ、悪党的存在といえるソミア、あるいは敵役であるガヤックの行動などを、さらに重みのある形で浮き上がらせることも可能だったと思います。ソミアの一連の行為を、このゲームはあまりにもソフトに見せかけているように思えてなりませんが、こういった「欺瞞性」こそがソミアという存在(あるいは、彼女の行動)を産んだのではないでしょうか。ガヤックの「シルエラに対する言葉と自分の行動との不一致」という悲劇を描くためには、人が続々と死んでいくという現実を背景にしているわけで、その「現実」を余りにも簡潔な情報として処理しているのでは、「悲劇」の重み、そしてシルエラの涙の重みも半減してくるのではないでしょうか。

 「18禁」ゆえに許される「生々しさ」を、もっとストレートに押し出せるタイプのゲームだと思えるだけに、残念です。観念的な「残酷さ」に留まらないシーン──肉から血しぶきがあげ、それをギラついた目で見据える、そんなシーン──があったら、このゲームはまた違った彩りを見せたのではないか、と思えます。

ゲームデザイン

 選択肢によるシナリオ分岐と、女性キャラの愛情度とによってエンディングが決定します。シナリオモードの中に戦闘シーンがはさまる、という形式になっており、全体では22〜25の章から成ります。また、シナリオは大筋で「表」と「裏」の2つに分かれ、7人とのエンディングが用意されています。ゲームオーバー以外のバッドエンドはないようです。

 この「愛情度」は、選択肢によって上下することがあるのはもちろんですが、戦闘シーンの中で「ハート」(敵キャラを倒すと出現します)を取ることで上がり、戦闘中に戦闘不能となると大幅にダウンする、そして「愛情度」が高くなると、戦闘シーンでもレベルアップする、というものです。つまり、「使えるキャラ」にしようとすると、妙な行動は避けるようにし、また「ハート」を優先的に取らせる必要があるわけです。

 通常、戦闘パートのあるゲームでは、経験値と好感度とは違うパラメータとして扱われます。好感度が高いと経験値が上がりやすい、というケースはありますが、この両者が完全に同一というのは、ほかのゲームでは類例を見ません。

 おもしろいシステム、と見ることもできますが、実際に「愛情度」でエンディングが決定されるキャラは、全攻略可能キャラの半分以下に過ぎないため、プレイヤーの狙ったキャラクターがエンディングとつながらないケースが多いのは、どうにもおもしろくありません。また、それ以前の問題として、そもそもこういう戦闘パートの大きいゲームでマルチエンディングにする意味がどこにあったのか、という気がしてなりません。途中で戦闘不能にせず、全員が「奥義」(後述)をマスターするようになれば、エンディング付近で1人を選ぶ、というスタイルにした方が良かったのでは。

 

 戦闘パートでは、タクティクスバトルで、地図と矢印とで、将棋の駒を動かすように敵を追いつめハートを取っていきます。慣れればさほど難しくはない上、実は「裏技」があり、敵の配置によっては1ターンで遠距離移動することも可能だったりします(^^;) まぁ、これを使うとあまりの楽さに物足りなくなるのは間違いありませんが、戦闘パートの回数自体は多いので、さっさと切り上げたい場合には有効でしょう。

 「魔法」は、移動後には使えず、そのキャラがいる位置で使ってから移動するようになっているため、攻撃魔法はあまり役に立ちません。敵はなぜか接近してからバシバシ魔法を使ってくるんですけれど(^^;)

 「愛情度」が充分に高い段階になると、「奥義」(射程内のザコを瞬殺可能)を使えるようになります。これはなかなか便利、というより、ティアなど、「奥義」を使えるのと使えないのとでは雲泥の差があります。逆にいえば、登場当初から「愛情度」が充分に高いシルエラなど、最初から「奥義」を使えますが、「ゼロからのスタート」であるハンナなどは大変なこと大変なこと…。

 そんな「戦闘」ですが、見ている分にはチビキャラがてこてこ動くのが楽しいとはいえ、何度も繰り返すのは非常に辛いものがあります。この戦闘シーンがなければ、全体評価は確実に上がったと思うのですが。

不具合・修正プログラム

 戦闘パートで騎馬隊が止まってしまう、CGモードでヌケがある、戦闘中に音声処理を起因とする不具合がある、などの不具合があるそうです。Studio e.go!のWebサイトに修正ファイルがアップされており、私はこれを最初から用いてプレイしましたが、戦闘中に固まり(BGMだけが流れる)ゲームの強制終了を余儀なくされることが何度もありました。戦闘開始の際には確実にセーブしておくことをお勧めします。

操作性など

 インストール先ディレクトリは任意に変更可能です。ゲーム起動の際には、スタートメニューから起動します。CD-ROMからだと、私の環境ではなぜかプログラムが立ち上がりません。オープニングではムービーが再生されますが、これがなかなかいけます。

 操作の基本はマウスですが、シナリオパートでは、キーボードでの操作も可能になっています。

 シナリオパートでのグラフィックは、基本的に640×480ドット全画面表示で、下部に半透明のメッセージウィンドウが表示されます(マウス右クリックで消去可能)。画面は、ウィンドウ表示とフルスクリーンとの切り替えが可能です。

 戦闘パートでは、キャラクターの移動・攻撃は順序が決まっているので、左クリックで移動or対象を攻撃、右クリックでメニュー表示されます。メニューからは「攻撃/奥義/ステータス」などを選択でき、「ステータス」を選ぶと、そのキャラクターの状態が表示されます。レベルによって表示されるキャラの表情が変わるのがなかなかおもしろいですね。攻撃や移動の際には、ちびキャラがちょこちょことアニメーションし、また「奥義」発動の場合には画面いっぱいを使ってキャラが動きます。また、移動したり攻撃したり、さらにダメージを受けたりした場合、そのたびにかけ声が掛かります。私は「楽しい」と感じましたが、人によっては鬱陶しいと感じるでしょう。『かえるにょ・ぱにょ〜ん』(アリスソフト)の戦闘シーンが「楽しい」と思えた人なら問題なし。なお、アニメーション表示はオフにすることも可能です。

 セーブ&ロードは、任意の位置で19個所まで行えますが、実際にロードすると、各章の開始時、戦闘シーン開始時または終了時のみからとなります。セーブした時のプレイ実日時と、ゲーム中の章および展開が記録されます。

 テキスト速度表示は、「遅い/普通/速い/最速」から選択することができます。メッセージスキップに関しては、「F3」キーを押すことで次の選択肢まで高速スキップ、あるいは「Ctrl」キーを押している間スキップします。選択肢による微妙なイベント違いなどは特にないので、未読・既読の区別がなくても、特に問題はないでしょう。

 トップメニューには「おまけ」というコマンドがあり、これを選択すると、CGモード・回想モードに入れます。CGモードは、サムネイル表示されます。回想モードも、各シーンごとにサムネイルが表示され、選択することでHシーンが再生されます。BGMモードがないのは残念。

サウンド

 BGMは、CD-DAで演奏されます。曲数は23と充分にありますが、その分1曲あたりの時間がやや短いのが残念なところ。呑気な曲、間抜けな曲から、緊迫感のある曲、クライマックスに流れる曲など、バリエーションも充分に豊富で、セリフごとでの曲の使い分けも秀逸です。ヴォーカル曲も2曲(1曲は、長短の両バージョンあり)入っており、うち1曲は、ラストバトルのBGMとして使うことで、畳みかけるような緊張感をうまく出してくれます。

 音声は、戦闘シーンでのかけ声を除けば、Hシーンのみオンになります。突然女の子があえぎ出すのには驚きました(^^;) 日常シーンで音声があっても悪くはなかったかもしれませんが、シリアスなシーンで半端に声を入れられるよりは、何もない方がすっきりするようにも思えます。戦闘シーンでの音声は…毎回、「ハンナ、いっきま〜す」で脱力するのにも慣れてしまうのだから恐ろしいものだ、とだけ(^^;)

グラフィック

 キャラクター原画は、山本和枝さん。非常に目がくっきりしていて、体がやや丸っぽい感じのキャラクターが多くなっています。また、マンガっぽいデフォルメを多用したCGも結構あります。いずれも、キャラクターの表情を実に活き活きと描いており、立ちCGでの表情変化もあって(ヒューイが無表情なのが寂しいところ)、飽きません。また、イベントCGでも、女の子がとても可愛く描けており、マル。量的にも、一枚絵CGが226枚と、ボリューム満点です。

 ただ、背景がずいぶんと寂しいことが、本当に残念です。また、塗りがのっぺりした感じなのは、256色という制約のせいかもしれませんが、立ちグラが浮き上がっているように見えることが非常に多いのが実情でした。

お気に入り

 この欄において主人公の名を挙げるのは、本来ならば反則なのでしょうが、やはり「ヒューイ=エルザード」の名をここに出すしかありません。Xゲーム主人公あまたいる中で、異端中の異端と言ってよいのでは。

 主人公以外では、ガヤック、次いでソミアでしょう。クライマックスとなるシーン「のみ」が見せ場となっているわけではなく、一貫したキャラクター設定が最後まで守られている点で、評価できます。

 攻略可能キャラに限定すれば、アリアですね。一番(唯一?)まともなキャラですし。

関連リンク先

 まつやまさんのサイトでの感想がマトを射て良し。2000年12月に発売になったリニューアル版の感想もあわせてあがっておりますので、比較検討したい、という方は必見です。個人的には、一般版の非リニューアル版(あーめんどうくさい)がやっぱりいちばんいいと思いますけれど。

総評

 いろいろと見るべき点を多く持っているゲームではあります。特に、主人公の設定については、「このゲームにしかないもの」がありますし、日常パートでの会話はまことに楽しく、「見せ場」の演出もよく、グラフィックも綺麗、BGMも秀逸、など、ポイントの高い部分はかなりあります。

 ところが、それに負けず劣らずのマイナス点も非常に多く、全体では完全に相殺されている、という印象です。同じゼロであるなら、「プラス要素がある」方が「すべてゼロ」よりはマシですが、このゲームを評価しようとすると、ある程度抑制したものにならざるを得ません。ゲームとしては充分に気に入っているんですけどね。

 賛否両論が分かれるゲーム、というよりは、毀誉両論明記が必要なゲーム、というべきでしょう。

個人評価 ★★★★★ ★★★☆☆
2000年4月17日
(5月15日、加筆・修正)
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