きゃんきゃんバニー6 i-mail カクテル・ソフト/F&C

2000年8月25日発売
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 「きゃんきゃんバニー」シリーズといえば、女神様ことスワティが恋の請負人あるいは×××という印象が根強くあります。これは、『エクストラ』や『プルミエール2』といったゲームの印象が強いためでしょう。しかし、スワティ編完結後の「きゃんバニ」シリーズとして、メールを介したナンパゲームが登場する、という情報を聞いたときには、「フェアリーテールの「バーチャコール(以下、VC)」シリーズとどこが違うんだか」と思ったものです(VCシリーズは全制覇しています)。広告のコピーを見ると、スワティ時代の「恋愛体験・しみゅれーしょんADV」に替わり「出会い体験・しゅみれーしょんADV」と銘打たれておりました。「シュミレーション」というありがちな筆記ミスはさておき、「出会い」次元での「体験」とはどういうものか。きゃんバニシリーズのゲームに対しては、『PRIMO』を除き、わりと期待できる、というプラスイメージがあったうえ、『プリンセスメモリー』で原画を担当された方が今回も引き続いているようなのでグラフィックには問題ないだろう、という点も、期待を膨らませてくれました。

 ところで、オープニングを見直して思ったんですが、郵便小包の受け取りに印鑑って必要でしたっけ? 宅配便ならまず間違いなく必要ですけれど。

シナリオ・ゲームデザイン

 主人公・三浦陽介(姓名とも変更可能)は、就職も決まりあとは卒業を待つばかりとなった、暇を持て余している24歳の大学生。大枚を叩いてモバイルツールを購入した彼は、偶然にも、最新式ナビゲーションシステムのモニターに当選する。そのモバイルには、モバイル・ナビゲーション・コミュニケーター、略称モナコが入っており、人間同様に感情を持ち、学習していくという機能が付されていた。モバイルを片手に街に出た主人公は、出会った女の子たちとメールのやり取りを重ねながら、次第に親密になっていく。そして、そのエンディングには何が待っているのか。

 

 シナリオ担当は「朝凪軽」氏。

 ゲームのスタイルとしては、スケジュール調整型アドベンチャーゲームと称してよいでしょう。シミュレーション的な要素はほとんどありません。

 モバイルのガイド役であるモナコとのお喋りを楽しみながら、街角で出会った女の子たちとメールを交換し、あるいは電話で会話を交わしていく中で、恋をはぐくんでいく、というスタイルを取っています。基本的に、最初はメールの交換(というより、向こうから送られてくるメールに返事を出す)から始まり、後にデートをメールで申し込んで(これが肝心)返事をメールで受け、了承された場合には実際にデートする、という手順を重ねます。そして、デートを何度か繰り返していくうちに、身体を重ねるようになり…というわけです。

 女の子の数は、モナコを除いて8人と、かなりの頭数を揃えています。基本的なパターンはそれなりにおさえている、というところですが、ちょっと物足りなさも感じます(詳細は後述)。これら8人全員と同一プレイで親密な関係になってエンディングを迎えた後に、ゲームを最初から始めようとすると、タイトル画面に「Extra Game」と表示され、モナコシナリオに進むことができるパターンへと入ることが可能です。ただし、エクストラゲームは、モナコの特別シナリオが最後に見られる入り口であるにすぎず、実際には最初から同じパターンを再び繰り返し、ラストのラストまで、全員と親密になりなおかつ誰とも決定的なイベントを起こさない状態にする必要があるそうで、さらにそれ以外にも条件があるそうです(@nifty会議室での情報による)。こんなもん最初からやってられるかぁー、と、私は投げ出してしまいましたが、とにかくかなり長い(体感)時間が必要です。

 

 細かいツッコミはいくらでも入れられるんですけどね。仕事をした経験のある人なら、こんなにメールチェックを頻繁にできるはずがなかろうとか、自由時間の不規則さがあまりにも不自然だとか、メールが「いつ読まれるのか判らない」というタイムラグ特性が考慮されていないとか。まぁそういったあたりは「ゲームが成立するためのお約束」として、笑って済ませておくことにするべきなのでしょう。しかし、このゲームデザイン、そしてシナリオには、根本的な問題が数多く含まれています。

 以下、従来であれば別分けにしている「シナリオ」と「ゲームデザイン」とを統合し、また内容的には後者から先に検討することにしてみます。

 

 まず、メール交換とデートとを重ねていくわけですが、この「メールを読んで返事を送る」というのが、完全に作業化しています。メールの量とバリエーションが多く、これらを「読んで楽しい」と思えるのは、ごく最初のうちだけで、しばらくたつと、メールを「また読んで送信して、ということをしなきゃいけないのか…」と思えてきます。この退屈さの理由には、メールの送受信によって授受される内容が、質量ともに、所詮はモバイルツールにて行われる程度のシロモノにすぎないという点に、その多くを帰することが可能かと思われます。考えてみればわかることですが、メールの送受信という作業を(少なくとも本サイトをご覧になっておられる方などは)日常的になさっておいでと思われますが、PCでのメールと、携帯電話でのメールとでは、入力時の作業量・作業時間、出力(閲覧性)、(メールの行数など)量的なキャパシティなどなどにおいて、違いがあることはおわかりいただけると思います。このゲームにおいて想定されている近未来においては、出力および量的な面については、技術革新やインフラ整備によって克服されていると説明できるでしょうが、「モバイルツールでの(ひと桁行程度のごく短い)メール」という特殊性を考えた場合、密度的にさほど濃くないものにすぎないのは、多くの説明を要することはありますまい。端的にいえば、「読むに足る内容がない」というわけです。

 さらに、本来は双方向であるはずのメールが、実質的には片方向×2にすぎない形になっている点も指摘しておく必要がありましょう。すなわち、相手のメールを受けて返信する(場合によっては、返信内容に選択の余地があることもありますが、中盤以降は大抵定型文を送信するだけ)という「作業」はあるものの、その際には、相手方の「心境」を推し量るなどということは可能ですが、こちら側からのアクションは非常に限定されたものになります。とにかく「返事のメールを出す」ことがプレイ継続のためには必要になるので、とりあえず「作業」として「何らかのメール」を出すことになりますが、この一連の「作業」自体が、通信インフラの浪費とさえいえる内容と思えるケースが少なくないことはさておき、事実上一方通行になっていることには、かなりのマイナスになっていると考えざるを得ません。相槌を打つだけの空間――そう、薄く淡く「そうそう」と同意を求めることで擬似的な共通空間に安住しているだけの、そして差異を認めず見かけ上の「社会」のみが観念的に存在する、そんな不毛にして発展性のない空間――が展開されていることの醜悪さも相まって、本来であれば「相互理解」のためのツールとなるはずの「メール」という手段が、ポジティブな意味をすっかり喪失しています。電話という手段も可能であるのに、敢えて「メール」も選択肢として入っている、という形式を採った意味がまったくありません。デスクトップを前提としたチャットでゲームの重要部分を支えようという意図が強く感じられる『Bless』(BasiL)などとは、この点で大きく異なっています。ここまで考えるのは、私自身の「(広義の)通信」が広げうる、そして深めうる個人のポテンシャルに対する姿勢に拠るものかも知れませんけれど。

 そして、メールで始まる恋があるなら、なぜメールで続く恋があるのか。それに対する何らかの回答を用意することなく、ただモバイルとかメールといったツールのみを手に取り、それを弄んで終わってしまっています。読ませるタイプのゲームにしたいという意図はどこにも感じられません(これ自体には正の意味も負の意味もありません)が、ツールを使わせることを楽しませようという意図も、モナコムービーを除けば、完全に空回りしています。

 メール内容のバリエーション自体は非常に多岐にわたっており、実際には、シナリオライター氏は相当量のテキストを用意することに意を尽くされたのでしょうが、そのバリエーションが「むだに多いだけ」に過ぎなくなっているのは、皮肉にも、それが「メール」という「内容が濃くないもの」であるゆえの宿命でしょう。内容が薄いゆえにさらっと読める、というのをメリットだと思って作成しているのであれば見当違いもいいところですし、同情の余地はありませんが、私には「メール」というツールに着目したゲームであるがゆえの失敗、という風に捉えるのが自然に思えます。いずれにしても、あまり読みたくもない「メール」を「見せられる」という点には違いありませんけれど。このあたり、作り手の自己満足的なシナリオに過ぎない山塊を処理していくプレイヤー、という構図が、明確に浮き上がってきます。

 

 さらに、スケジュール調整をする必要の面倒くささもあります。女の子たちの空き時間を把握してお誘いメールを送信するわけですが、実際に空いていると確証を持てる場合はいいとして、場合によっては(Hをした直後など)ある程度間を空けないと会ってくれないケースもあります。こういう場合は、出しては返事待ち、を繰り返すことになりますが、なにせ電話と違ってメールですから、返事には時間差が必ず伴います。相手の都合の良し悪しというのは好感度などとは関係ないようなので、時間帯ごとに彼女がフリーなのかどうかを確認する術がない場合、むだにすれ違いを続けることになります。この場合もメール交換自体は可能なので、断交状態になるわけではありませんが、どうにもスッキリしません。

 エクストラストーリーに入るためには完全全員同時攻略が必須条件のようですので、このシビアな条件をクリアするために、意図的な「調査」がどうしても必要となるのですが、果たしてゲームのトゥルーシナリオを見るために表計算ソフトでスケジュール作成しようと思わせるのが自然なことなのかどうか、ゲームを作る側は考えたことがあるのでしょうか。スケジュール調整型ゲームというのは珍しくはありませんが、たいていの場合、せいぜいその場でのセーブ&ロードの繰り返しでだいたいの把握は可能なので、2回目以降はそう多くの負担を要しないといってよいでしょう。ところが本作の場合、スケジュール調整ならぬスケジュール調査がまず第一となりかねません。こういった「作業」を強要するゲームデザインは、やはり低得点モノと断定すべきでしょう。意地になってスケジュール調整を起こさせるような意欲をかきたてるような魅力があれば別ですが(『プルミエール2』の場合など、意地になって全員同時攻略を達成したモンです)、そんな魅力もありませんし。

 

 加えて、キャラゲーとして捉えようとすると、これまた「数だけ揃えた」という印象が強く出てしまいます。メールという比較的珍しいタイプの「表現描写」を伴うものの、結局は話し言葉をメールに替えたにすぎない程度の表現であり、それによって各キャラの描き方が変わってくるということは特にありません。元気娘から内向的な娘、フェロモンを発するお姉さんから清楚さと純粋さを感じさせる女性まで、パターンをひととおり並べてはいるものの、結局は既存のキャライメージを単になぞる形で雁首を並べているにすぎません。プレイ後間もないというのに、モナコを除く各キャラクターの名前をほとんど忘れている私が変わっているのかもしれませんが、パターンを「描く」のではなく「なぞる」という薄さは、結局は「萌え」の弱さにも直結しているのではないでしょうか。

 こう「弱い」と感じたのは、どのキャラクターも「駒」以上の魅力を感じ得なかった、とも表現できそうです。キャラクターによっては、それなりに重たげな設定がなされている場合があるのですが、メールなどを通じたコミュニケーションを介して、そのキャラクターが、あるいは主人公とキャラクターとの関係が、なぜ、どのように変わっていったのか、その描写がものの見事に欠落しています。某着ぐるみ娘など、「変わる」のであれば、その契機となる「キャラクター内部での心境の変化」があるはずですし、それを示唆する描写が不可欠であるのに、主人公のアクションがえんえんと述べられていく(一応一人称ですが、もはや終盤になると「作業」化していますので、感情移入などできず、他人事他人事…)のみ。何のためのヒロイン設定なんだか、という感じです。万事この調子で、グラフィカルな魅力も宙に浮いている観があり、これまでのきゃんバニシリーズの中で、キャラゲーとしてはもっともインパクトの小さいシロモノに留まっています。

 

 エンディングに関しても、多くの問題を抱えていると感じます。

 まず、きゃんバニシリーズの歴代作品で見ると、『エクストラ』の場合、最後に1人だけと結ばれるという体裁を取ることで「容易に恋愛譚の全貌を把握できる」というスタイルを取っていました。『プルミエール2』の場合は逆に、女の子達の後日譚が語られるだけで主人公との関係がどうなったかはまったく不明(例外が1名います)という、いうなれば「恋愛回想ゲーム」として最後を終えることができるようになっています。ところが、この『i-mail』においては、一定のイベント条件を満たすことでそのヒロインとのエンディングになるとはいえ、そのエンディング自体のシナリオ面における位置づけがさっぱりわからないのです。Hシーンを迎えて終わり、というのならばそれなりの説得力もあるでしょうし、そしてまた2人が離れ難く分かち難いという関係を確認し合う、エポックメイキング的なイベントを用意できているのならいいのですが、実際には、2回ないし3回のHシーンの後に、唐突にエンディングになり、最後のメールを見ることになるだけ。「Hシーンは各人複数回用意した」という「作り手の説明」を無視すれば、なぜ複数回のHが「=エンディング」となるのか、その説明は事実上不可能です。彼と彼女とがどうなるのか、どうなったのかを示唆させることのない、そして展開が続くことを当然のように期待してプレイしていくと、肩すかしどころか、足場を失ったような気になります。単なる「唐突なエンディング」であればまだ許せますが、「意味のないエンディング」では、プレイヤーが「このゲームを終えて何らかの満足感を抱ける」ことはないでしょう。

 また、期間が2週間となっており、これはモバイルのモニター期間に適合させようと考えたのでしょうが、実際に「出会い体験」の期間として「2週間でないと不可」であることの説得力はさほどありません。タイムオーバーというゲームの仕様は、ゲームデザインとして理解できます(エンドレスでは、それはそれでもっと困ります)が、もっとその意味づけをきちんとできなかったのでしょうか。「急速に盛り上がらないといけない恋」であった理由は、どのヒロインとのエンディングを見ても(モナコを除く;未見のため)納得できるものを探し出せそうにありません。ここにも、「作り手本位のゲームシナリオ」を感じてしまいます。

不具合・修正プログラム

 私の環境では特に不具合などは発見できませんでしたが、F&Cのサイトに修正ファイルがアップロードされているので、問題がある方はダウンロードしましょう。

操作性など

 CD-ROM3枚組となっており、そのうちゲームCD-ROMは2枚です。フルスクリーンを行う場合は、インストール作業の途中でCD-ROMの交換が必要、そしてHDDの空き容量1.1GB以上が必要という巨大なゲームです。メールにまで音声を入れた結果巨大なサイズになったわけですね。また、DirectXが必要です。

 ゲームを起動すると、いきなりムービーが始まります(左クリックでスキップ可能)。これがなかなか凝っており、単独で見た場合の出来はなかなかのもので、各キャラクターに対する期待をそそります(内実は先述のとおり)。マシンパワーに依存しそうです(AthlonThunderbird800MHz&GeForce256-32MBでは問題ありませんでしたが、参考にはなりませんね(^^;)。

 操作は基本的にマウスで行いますが、キーボードでも一部左クリックを代替することが可能です。

 コマンドメニューでは、「メール(メールの送受信を行います)」「プロフィール(知り合った女の子のプロフィールが表示されますが、行動によって埋まらない部分もかなり出てきます)」「スケジュール」「システム」があり、「システム」の中にはさらに、「ロード」「セーブ」「コンフィグ」「タイトルに戻る」の各サブメニューがあります(メニュー名は、基本的に英語表記で、マウスカーソルを合わせると日本語に変わります)。アプリケーション終了というメニューがタイトル画面にしか出ないのは不思議。

 コンフィグ画面でのメニューは、音声・効果音・BGM・アニメ・モナコムービー・メッセージスキップ・メッセージフレーム表示・オートセーブ機能・画面効果のオン・オフ、音声ボリューム調整、効果音ボリューム調整、16/24/32ビットの切り替え、MIDIデバイスの切り替え(GM、GS2種類、XG、FM、ソフトウェアMIDIから選択)となっていますが、これには疑問があります。というのも、メッセージフレームのオン・オフといった好みによる切り替えは、ゲーム中そう頻繁に行うものではないにも関わらず、頻繁にオン・オフを切り替えることになるメッセージスキップなども、このコンフィグ画面の中に入っているからです。ホットキーでの設定やショートカットメニューなどでメッセージスキップができず、いちいちコンフィグメニューで切り替えを行う必要がある、というのは納得がいきません。何度も繰り返してプレイしたい、という気を見事に削いでくれる仕様に感じます。

 画面は、640×480ドット固定のようです。画面下部にメッセージウィンドウが表示され、任意に消去することも可能です。また、メッセージスキップも可能ですが、先述のようにシステム−コンフィグで切り替える必要がある上、既読・未読の区別もなく、非常に使いづらいものがあります。セーブは、任意の名称をつけて自由に増やすことができる(これは評価できますが、キーボードで具体的に名前を「つけなくてはならない」点に注意が必要)上、オートセーブ機能があるため、万一のハングアップの際にも安心です。

 CGモードでは、見たCGがキャラごとにサムネイル表示されますが、Hシーン再生モードはありません。また、BGMモードもあり、曲名を選択すると再生されるようになっています。

サウンド

 BGMはMIDI(複数規格から選択可能、「操作性」の項参照)で演奏されます。わりとポップな感じの演奏が多かったような印象がありますが、ゲーム自体が軽々しい雰囲気に満ち満ちているので、まぁこんなもんか、といったところでしょうか。効果音はほとんど記憶に残っていません。せいぜい電話の音くらいでしょうか。

 音声は、各キャラとの会話・電話のほか、メールも読みあげられますので、どうしても違和感があります。電話とメールとは違うと思うんですけれどね。演技としては、どうも朗読調というか、各キャラが「会話」をこなしているという感じがせず、やや浮いているような感じがして、途中からオフに切り替えました。

グラフィック

 キャラ原画は、MAKOTO2号さんほかの担当。キャラデザはけっこう好みで、まるでポロンと雫がこぼれ落ちてきそうな瞳をしています。わいと万人受けしそうな図柄ではないでしょうか。

 塗りはといえば…う〜ん、悪くはないんですが、どうにも平板という印象が拭えません。あと背景も、駅前なのに人が誰もいなかったりと、どうにも不自然です。

お気に入り

 ありません。というか、「シナリオ・ゲームデザイン」で書いたような印象が全体を覆ってしまっています。

関連リンク先

 USGさんのページ(閉鎖)にレビューがありました。

総評

 とにかく、何度も繰り返したとおり「作り手本位のゲーム」という印象が非常に強くなっています。1回のプレイでは全貌が見えてこない、というゲームはいくらでもありますが、その上にリプレイ意欲を削ぐ欠陥をいくらでも指摘できるというのは困ったものです。確かに絵的には惹かれるものはあるものの、購入して大失敗だった、と感じております。

 トゥルーシナリオを見るために時間と労力を費やせるほどの執念は私にはなかったため、それを見れば評価は変わるのかも知れません。しかし、隠しシナリオ的かと思えるほど「見せまい」という意図がうかがえるトゥルーシナリオは、ゲーム評価において必須の部分ではないでしょう。「きゃんバニ」の衣鉢を継ぐどころか、伝統に泥を塗ったのが本作であろう、というのが私的結論です。失敗したと思える点は次回作で改めて見直し、それとともに野心的な試みも入れてみるといったVCシリーズとは異なり、シリーズものとして一貫していないのが、せめてもの救い、といえましょうか。とにかく、ポジティブな評価ができる理由は、皆無と感じた次第です。

個人評価 ★★☆☆☆ ☆☆☆☆☆
2000年10月18日
Mail to:Ken
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