キャッスルファンタジア 〜エレンシア戦記〜 Studio e.go!

2000年4月21日発売発売
ご意見などは掲示板へどうぞ

 前作『キャッスルファンタジア聖魔大戦』で、登場するキャラクターが見せる世界観の妙に引き込まれ、ほかにあまたの欠点を抱えるにも関わらずお気に入りゲームの仲間入りをしてしまった、そんな経験がある以上、シリーズ次回作に対して幾ばくかの期待をするのは、ごく自然な成り行きともいえましょう。

 今回のウリであった「リアルタイムバトル」とか「音声入力システム」などには大した期待を持たず、ただひたすら「キャラクター描写」がいかほどのものか、そこに注目しながらのプレイと相成りました。

 なお、前作との共通点(固有名詞や世界設定など)は、まったくといっていいほどありません。ひょっとすると、初代『キャッスルファンタジア』が最大公約数的な共通項を持っているのかもしれません(初代作は未プレイなので断定はできませんが)。

 ゲームCD-ROM内の「index.htm」から、過去に発売されたゲームの修正ファイルや壁紙、スクリーンセーバーなどを使うことができるようになっています。私は「でぼセーバー」を日ごろから愛用しています(Studio e.go!のWebサイトでも公開されておりますので、興味をお持ちの方はどうぞ。かわいいですし)。

 Studio e.go!マスコットキャラともいうべきデボスズメは、今回も活躍しています。デボスズメ好きの人は、取りあえずテルルから攻略しましょう(^^) ちなみに、デボスズメはもともと夜行性なんだそうな。

シナリオ

 大陸最強の傭兵集団「フェンリル」副官であったファイゼルは、今はなきエレンシア王国高官の子息であったが、養父にしてフェンリルの団長が非業の死を遂げたのを契機に、フェンリルを抜けエレンシアの地に戻る。その地では、幼なじみたちが故国再興のための運動を展開していた。傭兵として彼らに助力することになった彼の未来には、どのような世界が広がっているのか。

 

 前作とは異なり、主人公はごく典型的な英雄像を帯びています。レジスタンス運動の中に現れた救世主として、カリスマ的な存在感を強め、亡国の王子との離反、敵国から追われた女王勢力との関係構築など、いうなれば王道を着々と進みます。一切の皮肉を排した場合、「勝てば官軍」という言葉がまさに適合すると言えましょう。

 しかし、その「官軍」ぶりには、あまりにも都合のよさがつきまとい、主人公一派の言動には「偽善者の語り」という嫌みさがつきまとって離れないように思えるのも事実です。

 

 まず、主人公はことあるごとに「民衆」という言葉を引き合いに出していますが、そもそも民衆の政治参加と王国復興との因果関係があまりにも杜撰極まりなく、強引そのものです。王国復興のためにまず必要なのは、資金と軍事力でしょうが、その際に「自由」だの「民主」だのといった近代国家(それも、一定程度の経済力と軍事的安定とを持った国家)のみが特権的に行使しうるイデオロギーを語ることの空々しさが、彼らの世界観からリアリティをごっそりとそぎ取ってくれます。

 なるほど、上官本位の軍隊が長続きしない、という程度のことなら当然でしょうし、経済活動の保証があってこそ軍事行動を安定的に維持できるというのも当然です。しかし、前者の指摘はあくまでも「一般兵士との関係」であって、「国家(あるいは軍隊)と民衆」という関係はまったく入ってこないはずです。後者についても、スポンサーである大商人を味方に付ける必要があったのは確かでしょうが、「自由」などというブルジョワ的発想を導入することの効果がどの程度あったのか。

 さらに、だめ押し的に語られる主人公の「偽善的言辞」の極めつけとして、現実の厳しさと主人公の甘さを指摘する敵役に対し、主人公は、…自分自身の理想を持って戦ったからこそ、オレ達は倍近い兵力に圧勝できたんだ!とのたまっています。「現実」への回答を一切回避しているだけでなく、戦術面での勝利を、単なるイデオロギーの勝利と直結させる安直さは、十字軍、あるいは戦後東欧諸国の「人民民主主義革命」に付随した独善性さえも想起させます。

 理想あるいはイデオロギーが人を動かす契機になるのは間違いありませんが、それが決定条件になるとはとうてい思えません。人が命を賭けて戦おうとするからには、必ずそれ相応の何かが得られるという期待があってのことでしょう。戦争というものの厳しさや冷たさを肌で感じたことがない人間には語る資格はおのずと限定されてはくるのでしょうが、彼の行動は、「自分たちこそ民衆の味方」ということを前提とした、あまりにも傲慢な立場に立脚したものに見えてなりません。あまつさえ、高官の子息である「貴族階級」による「温情的な市民革命」に、何の意味を見出せましょうや。

 さらに、主人公がカリスマ性を獲得していく過程には無理がないとはいえ、それは主人公の個人的な魅力および戦果のみに依拠するわけではなく、本部というべき中枢司令部に魅力がないため、いわば現実的に権力を委ねるべき相手としてベターな選択、と受け止められた結果のように見えます。連戦連勝というのが人を引き寄せるのは当然でしょうが、基本的には、彼に指示を出す最高司令官(このストーリーではエレンシア国王)の判断によって行動しているわけですから、あくまでも「最高司令官に対する反感」が彼を後押ししたにすぎない、という面を過小評価するべきではないでしょう。そして、対抗勢力としての主人公たちは、言うなれば労せずして大義名分たる切り札を手にし、そのまま突き進んでいけるのですが、はたしてこの「切り札」がなかった場合、兵士の支持をどの程度まで得られたのか、かなり疑問です。

 

 また、主人公の幼なじみ(男)が、前線指揮官である主人公たちとは対照的な存在である文官として行動しているのですが、彼の行動パターンを見ても、自分の思想やイデオロギーに忠実というわけでは必ずしもなく、また現実の厳しさのみに冷徹な対処と決断とを重ねるというわけでもなく、主人公たちとの信頼関係を軸に行動しているとしか思えません。本来であれば、主人公たちの行動が政治的にどう評価されるかを検討しつつ、それが(自分の)望むべきパターンと乖離が生じた場合に、友情との板挟みで苦しむ、という描写があってしかるべきであるのに、単に「王と主人公との仲介役」以上の存在にしかなっていません。理解者でもライバルでもない「単なる幼なじみ」では、その人物の「理想」について語られたところで、上っ面のものしか受け止めることはできません。ましてや、土壇場での「葛藤」などを出されても、こいつがそんなに悩むタマか、と、白けてオシマイです。出番こそ少なかったものの、前作のラスト付近で活躍するキャラウェイの方が、人間的によっぽど魅力を感じます。

 

 さらに、本来であれば「陰謀家」ともいうべき存在であるキャラクターについても、単なる自分本位の発想しかできない、凡庸以下、愚鈍なる人物にしかなっていません。陰謀を実現させるためには、他人の欲望や人心収攬の術を図る必要があり、外交面での情報収集、部下の行動パターンの予測などを不断に行うはずですが、そういった行動をまったく取ってはいません。兄弟牆に鬩いでいた(注・内輪もめをしていた、の意)先代の王子に対するコンプレックスと、極度に肥大化したプライド、それのみが行動基準となっています。前作では存在しなかった「正真正銘の嫌な奴」として登場しているわけですが、彼のようなキャラクターを用いた意義がよくわかりません。

 極端に暗愚な人間を用いることで、それに対応した人物に光を当てようと考えたのでしょうが、むしろかかる小者に関わること自体が時間と労力のむだとでもいうべき存在を出すのは、見苦しいだけだと思うのですが。

 

 登場する女の子たちについては、例によって着せ替え人形的にいろんな服装をさせており(海軍などないのに帽子付きのセーラー服とか、中華服とか)、また半脱ぎ状態でのHシーンなどもあるので、そちら方面への期待はそれなりにできます。また、各キャラクターとの会話パターンなどにはそれなりにボリュームもあるので、女の子が単なる「添え物」以上のものではなかった前作とは違い、ラブコメとしてのカラーは明らかに濃くなっています。

 ただし、女の子がかわいくなったとはいっても、決して「魅力的」に描かれているとはいえないのも事実でしょう。要所要所でかわいさを演出してはいますが、それらが単発のものに留まっていると見えます。主人公の姿、そしてその立場の変化を十全に受け止めた結果としてのラブストーリーなどはまったくありません。

 

 本来であれば、何にも依拠することなく、ただ義のみを根拠として行動していた主人公が、いつの間にか「砂上の楼閣」ともいうべき「反・独裁」に過ぎないイデオロギーに支配されていくさまは、偽善的な空々しさを濃く出しているように感じます。否、主人公だけでなく、登場人物の「器」そのものが、前作に比べてはるかに狭量になっている感も否定できません。一部隊の指揮官がそのままカリスマ性を濃厚にして全世界を制圧した、というには、平板すぎる展開です。

ゲームデザイン

 育成パートと戦闘パートとから成っています。また、全体で17の章からなっています。

 育成パートでは、各キャラクターの部隊に対して行動命令をくだすことで成長させる一方、彼女たちのうち1人と会話をすることができます。この会話を繰り返すことで好感度を上げ、最終的なエンディング対象となります。基本的にはオンリープレイが必要ですが、場合によってはほかのキャラとの接触も必要となっていますので、柔軟に対処していくことが大事。また、選択肢が途中でいくつか出てきますが、さほど難しいものはありません。よほど無神経な選択をしない限り、まず問題ないでしょう。逆にいえば、キャラクターの狙いを絞る必要があるため、複数キャラクター間にわたるシナリオの展開にはさほど期待できません。

 この育成パートで、各部隊別のメニューを決定すると、会話相手選択モードになるわけですが、ここで各チビキャラがぴょこぴょこ動くさまが、見ていてなんとも楽しいかぎりです。ここだけ見ていても飽きません。チビキャラに関しては、Studio e.go!は最強に近いといえるでしょう。

 一方戦闘パートでは、各キャラクターごとのチビキャラ部隊が一斉に動く、リアルタイムバトル方式となっています。各部隊に対して個別に指示を出すことが必要ですが、この際、音声入力システムを活用して呼びかけることも可能です。私は手元にマイクが見当たらなかったこともあって、マウスだけで操作しました(これでも何の問題もありません)。前作とは異なり、必ず部下を伴って行動するので、統率力が取れないとわらわらと逃げ出したりします(^^;) また、「ハートを取る」必要はなくなったので、戦闘はシナリオの展開には影響しないといってよいでしょう。

 この戦闘モードは、難易度調整をすることが可能です。「達人/標準/簡単」の3段階から選択可能ですが、「標準」でもかなり難しいので、戦闘にこだわらないなら、初めから「簡単」にしておくことをお勧めします。なお、修正プログラムを使う前では、「簡単」は「サル」という名前だったそうな。これでは「プライドにかけても選ぶもんかい」と思わせるだけだったでしょうね(^^;)

 また、最後までプレイをすると、次回プレイ以降では戦闘をスキップすることができます。部隊の消耗がかなり大きいので、1回スキップすると当面は戦闘を再開したくないと思わせるのがやや難ありですが、前作は何度も何度も戦闘シーンを最初から繰り返す必要があったことを考えると、ずいぶんとプレイアビリティが向上したと実感します。

 メインヒロインであるラピスをクリアすると「Fin.」、ナガレをクリアすると「おわり」、テルルをクリアすると「конец」(ロシア語で「終わり」の意)など、各国語で文字が出ます。なんか妙なところに凝っているというかなんというか。

不具合・修正プログラム

 いろいろと細かい不具合があるようです。私はStudio e.go!のWebサイトから修正ファイルをダウンロードしてプレイしましたが、ウィンドウモードでプレイすると画像が乱れるという現象が起こりました(『紅涙』と同様の現象)。フルスクリーンでプレイすれば何の問題もありませんでしたが。

操作性など

 インストール先ディレクトリは任意に変更可能です。ゲーム起動の際には、スタートメニューから起動します。フルインストールした場合は、CD-ROMは不要です。オープニングではムービーが再生されますが、ちょっとジャギーが目立つのが難ありですね。

 操作の基本はマウスですが、会話部分では、キーボードでの操作も可能になっています。また先述のとおり、戦闘パートでは音声認識を用いることもできますので、試してみたい方はマイクを用意しておきましょう。

 シナリオパートでのグラフィックは、基本的に640×480ドット全画面表示で、下部に半透明のメッセージウィンドウが表示され、その左端部にフェイスウィンドウが出ます(マウス右クリックで消去可能)。画面は、ウィンドウ表示とフルスクリーンとの切り替えが可能ですが、上記の不具合のため、私はフルスクリーンのみでプレイしました。

 育成パートでは、キャラをクリックすることで育成メニュー指示&対象キャラとの会話を実行します。なお、画面外にキャラクターがいる場合もあるので、マウス右クリックで画面をスクロールする必要があります。

 戦闘パートでは、左クリックでキャラクターと行動を選択します。リアルタイムバトル方式ですので、臨機応変にキャラを右へ左へと移動させる必要があります。育成パート同様、フィールド全体が一度に表示されることはなく、フィールド外にいるキャラはアイコンがウィンドウの端に現れ、これをクリックすることでそのキャラがいる画面に動きます。また、右クリックでのスクロールも有効です。

 セーブ&ロードは、基本的に任意の位置で可能のようですが、戦闘中は不可です(まあ当然ですね)。

 メッセージスキップは、「F3」キーを押すことで次の選択肢まで高速スキップ、あるいは「Ctrl」キーを押している間スキップします。選択肢による微妙なイベント違いなどは特にないので、未読・既読の区別がなくても、特に問題はないでしょう。

 トップメニューには「NEW GAME」「LOAD GAME」「ART GALLERY」「MEMRORIAL」「CONCERT HALL」「EXIT」というコマンドが表示されます。「ART GALLERY」では、各キャラクターごとにサムネイル表示されます。また「CONCERT HALL」では、曲名をクリックすることで、BGMが演奏されます。ところで、このトップメニューの背景、なぜか服の前をはだけたラピスの姿が(^^;)

サウンド

 BGMは、PCMまたはCD-DAで演奏されます。悪くはない曲なんですが、ゲームの雰囲気を盛り上げるにも、また単独で聴くにも、どうにも迫力が欠けるように感じます。

 音声は、育成モードでのキャラ選択部分と、戦闘シーンのみオンとなっています。ミンファの声がなかなかいいですね。

グラフィック

 キャラクター原画は、山本和枝さんの担当。女の子がかわいいのはいいとして、人数が多すぎるせいでしょうか、各キャラクターごとの描き分けがあまりできておらず、「髪型と髪の色と服装とで違いがわかる」という場合が多いのがやや残念です。背景画もなかなか綺麗ですね。

 一枚絵CGについては、光線の使い方がよいな、という印象があります。「デボスズメ布団で休むテルル」など。

お気に入り

 これだけいろいろなキャラクターがいると、それなりに好みのコが出てきてもおかしくはないのですが、キャラゲーとしてはやや中途半端な印象があるだけに、特定のキャラへの思い入れはさほど出ませんでした。ラピスやナガレ、テルルなど、わりと好みのタイプではあるんですけれどね。

 また、前作とは異なり、魅力のある男性キャラクターは皆無でした。

関連リンク先

 Nagyさんのページ(閉鎖)にて評があります。ただ、シナリオの根幹部分に対する評価が私とは正反対になっています。

総評

 悪く言えば、前作の「やや偏屈な理想主義」を踏襲しようとしつつ、結局は大失敗してしまった、というところでしょうか。どう贔屓目に見ても、シナリオ面で深遠なテーマを呈示しているわけではなく、またそこに「いきいきと」存在している人間たちの息吹を感じさせるものでもありません。シナリオ面では凡作以下のシロモノに成り下がっています。

 エンディングは前作よりもまとまっていますし、キャラゲーとして見ればそれなりではあるのですが、ヘタに死人を多く出しているあたり、ほのぼの系と考えるにも中途半端になっています。山本さんのグラフィック、特にかわいいチビキャラが見たい、というのなら問題はありませんが、前作の輝きを期待して購入すると、かなり高い確率で嘆息を生じるでありましょう。少なくとも、国家観というものに関して一家言ある人には、絶対にお勧めできません

個人評価 ★★★★★ ☆☆☆☆☆
2000年7月2日
(7月7日、加筆・修正)
Mail to:Ken
[レビューリストへ] [トップページへ]