Railway 〜ここにある夢〜 emu

2001年6月15日発売
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 国内鉄道全線完乗などという怪挙を為し遂げた経験のある私にとって、特に「廃線となったローカル線」というのはひときわ興を惹かれます。なぜといわれても明確に答えを出すことはできませんが、望まれるものが厳然と存在していたこと、その「存在」が目に見える形で喪失することの虚無感を、ハッキリと目に見える形で確認できる――あっさり言ってしまえば、自分とは無縁の「過去」に対してノスタルジーを求めているからにほかならないわけですが、結局は、自分の「過去」を、ほかの(主意的に切り取った)「過去」とオーバーラップさせるための材料集めに過ぎないのかも知れません。現役時代をまったく知らない私が蒸気機関車に対して大した興味を示さないのも、そんなところに原因があるのでしょうが。

 そんな私であっても(前置きが無用に長い…)、やっぱり題名そのものズバリで惹かれてしまった上、EMUのサイトにアップされていた主題歌「夏草の線路」に心底惚れ込んでしまい、多忙であるにも関わらず、やらなくてはいけないことをほっぽりだして手を出してしまいましたとさ。あぁダメ人間…。

シナリオ

 都会で生活していた主人公・有沢浩樹(変更不可)は、両親の離婚に伴ういざこざに嫌気がさし、8年前まで住んでいた故郷の祖母のもとに身を寄せることになる。そこでは、鉄道員を務めていた祖父が残した蒸気機関車・C62(シロクニ)とともに、特に仲良くしていたひとえ・ふたえ姉妹を筆頭とした幼なじみたちが、出迎えてくれた。主人公は、駅を改装した喫茶店「レイルウェイ」で働きながら、8年という時間の経過を実感しつつ、自分が求めた「夢」を実現させるべく、動き出すことになる。

 

 シナリオ担当は、門司(もんがまえ・つかさ)氏。

 舞台は、ほぼ間違いなく北海道。「海沿いを走り、廃線となった路線」という条件から、名寄本線あるいは興浜南線と推測されます…と思っていましたが、本編中では、冬の積雪量が多いという記述が何個所かで出てきていますから、オホーツク沿岸地方ということは考えにくく、羽幌線(留萠−幌延。1987年3月廃止)の可能性が高いとも思われます。もっとも、「終点」の設定など、多くの部分が架空のものであることを考えれば、特に元ネタなどはない、という判断が妥当なのでしょう。

 各ヒロインとのエンディングが用意されているマルチシナリオタイプのゲームなのですが、ひとえ(姉)・ふたえ(妹)とのエンディングと、それ以外とのエンディングとでは、エンディングの意味、さらにはシナリオに込められた設定の重みがまるっきり違っています。かなりのアンバランスを感じたのは確かなので、最初に姉妹のエンディングを見てしまうと、サブ系シナリオがつまらなくなる可能性が高いと思います(私がそうでした)。

 

 ひとえ・ふたえ両姉妹のシナリオについては、非常に重たい設定が次々と出されます。この「重い」設定に対して、ヒロインは、ともに、現在までの姿勢や行動を律するものとして「過去の約束」を持っておりその結果、(ある程度は自虐的と評することも可能な程度に)内省的な姿勢を取り、このために自縄自縛に陥っていきます。

 さらにこれらの設定が、決してヒロイン内部で自己完結しているわけではありません(それだけなら、自意識過剰という次元に留まります)。そこには、姉/妹への想い、そして主人公への好意というものが不可避に絡んできます。もともと主人公とは非常に仲の良かった姉妹でもあり、「空白の期間」を経てそれが屈折したものとなったとはいえ、「現在」においても最初の時点で「想い」があることが、逆に彼女たちの思考・行動を律するものとしています。その感情が、常に「自分」の中で成立しており、それを他者へ委ねるという「甘え」を排するという凛とした姿勢であるがゆえに、偏屈とさえ言えそうな姿勢であるにもかかわらず、「高潔人格者」としての不自然さを極力感じさせないものになっています。

 しかも、姉妹関係が微妙なバランスの上に成立しているという事情も重なり、変則的三角関係ともいうべき「呪縛の連関」に陥っているさまは、陰鬱さを加速させ、見る者を苦しくさせます。単に「1人の男を取り合う」というものではなく、もう一方の存在を気にしながら主人公との関係を考えるという姿勢が、「約束」という「過去」につながるものとして設定されているため、相互の情念に依拠したステレオタイプ的な展開は、巧妙に排除されているわけです。

 もちろん、こういった繊細な設定が、並べられたプロットによって過不足なく呈示されており、しかも一歩引いてみた場合、これだけ(主観的な)「不幸」が続くという「確率的には考えられない」設定は、物語をヒロインたちの口から語らせるために作られたという「作為性」を感じさせるという点は、指摘しておく必要がありましょう。それらを、ヒロインたちの肉体的な「傷」に帰しているのですから、なおさらです。しかし、かかる設定が、破綻をきたさず、また時間軸や世界観を混乱させることなく、端的に「物語」を形成することを成功させている点を、まず優先的に評価すべきであると考えます。展開の方法に凝った挙げ句、自己満足的な「多様な解釈」を乱発させるという側面をも併せ持つ「シナリオ重視ゲーム」も多い中、こういう「綺麗な出し方」は、好感を持てます。

 また、ヒロインの設定に比べ、本来ならばかなり異様な環境に置かれているはずの主人公が、相対的に「同情される存在」でなくなり、むしろ「さらに違う運命」への鍵的存在と化しているさまを描くことに成功している点も、ここで触れておきます。

 

 一方、両姉妹以外のシナリオについては、凡庸という言葉がもっとも適切であるように思えます。

 智香シナリオなど、かなり重い設定を持ち出しているにもかかわらず、それが徹頭徹尾「ヒロイン内部の心理」に留まり、主人公とヒロインとの関係を構築する物語の舞台設定としてはまったくいかされていません。主人公とヒロインとが結ばれると言っても、それはヒロインにとって「物語の始まり」にこそなれ、「ラブストーリーの始まり」になったとはとうていいえません。純粋に「夢」という次元のみで語られている物語と見ればこれでもよいのでしょうが、それが「主人公の夢」といかにリンクしているのか、それを呈示していない以上、設定倒れといわざるを得ません。

 それ以外の3人については、特に語るべきこともないでしょう。重たいものを背負っているヒロインの話、というまでであって、「なぜ」主人公「と」なのか、また「夢」に関する主人公との共通点をどのように把握すべきなのか、それが回答不能に留まっています。

 しかし、絵理菜・智香の両シナリオにおいても、エンディングで「シロクニ」が使われていることを考えると、この2つのシナリオは「おまけシナリオ的存在」ではなく、「3番目・4番目のシナリオ」という位置づけになっていると見なせますが、どちらのシナリオにおいても、主人公との関わりの希薄さを考えた場合、「祖父」との接点が不可欠であるはずであるのに、その説明が決定的に欠落しています。「過去に依拠した現在」を、他キャラをも媒介としつつ展開している藤ノ木姉妹シナリオとのバランスという点でみると、ちぐはぐさが拭えません。絵理菜・智香両シナリオは、野本姉妹と同様、完全に「おまけシナリオ」的な位置づけにした方がすっきりしたと思います。また、そうすることによって、「表シナリオ」としてのふたえシナリオ、「裏シナリオ」としてのひとえシナリオとが、コインの裏表のような関係となることが明白になり、「夢」と「約束」との関係がクリアに浮かび上がり得たのではないか、と思えるだけに、蛇に足を加えた観があるのは残念です。

 

 Hシーンは、サブ系ヒロインは1人1回ずつ、ひとえは1〜2回(微妙な表現ですな(^^;)、ふたえは複数回ですが、特にメインキャラとのHシーンには、大なり小なり悲壮感があります。何というのか、「肌を重ねる」ことの意味を再確認して結ばれることの「趣」というものを、久々に感じた気がしました。

 

 一方、「鉄」の視点で見ると、ツッコミを入れたくなる個所はいくらもでてきます。極め付きは、「1人で蒸機を運転するのは技術的に不可能(注)」という点と「廃線後3年を経た軌条上をC62級の機関車が走れば転覆間違いなし」の2点でしょう。前者は、「ハンドル操作とカマ焚きとは別」ということで反論不能になってしまいます。後者も、1960年代後半以降に建設された高規格線(北海道で言えば、白糠線末端部など)であればいざ知らず、海岸べりの路線で二冬越した軌条など、グラグラに決まっています。「演出」として、クライマックスを飾るべきシーンだったのでしょうが、これには白けました。もちろん、路線廃止後も、枕木やレールを存置した上で、路盤のメンテナンスを定期的に行うことで、少なくとも技術的には車輌の走行が可能な状態を維持している例もありますが(幌内線三笠−幌内間という事例あり。ただし実際には、信号・踏切などの保安体制整備困難のため、列車が走ることはないようです)、関係機関の全面的なバックアップがないと不可能でしょう。

 なお、私はこういった「夢の再確認」といったテーマの場合、9600形やC12の方がふさわしいのではないか、と当初は思ったものです。なぜというに、C62は、廃止となったローカル線などで走ったことがあるはずもなく(道内での走行は、函館本線・室蘭本線だけだったと思います)、廃線前に走っていた列車を「郷愁」の対象とした場合、場違いも甚だしいからです。しかし、本編では廃線となった鉄道自体に関する言及はオープニングをのぞき皆無であることから、C62は「地域」を超越した「時代」の象徴として用いられていると解釈することが妥当と思われます。同機は、全国主要幹線で特急・急行を牽引したトップエリートという面だけでなく、最後まで残った蒸機でもあるという意味合いを考慮すれば、むしろ適任と思える、と考え直したしだいです。もっとも、私は蒸機にはさほど詳しくないので、異論もあるでしょうけれど。

 さらに、象徴としての「レール」あるいは「終点」という表現の意味合いも、その場その場で適当に示されており、結局「連結・交通」←→「終結・途絶」といった軸を見せることがなかった点も、不満ではあります。なぜ「レイルウェイ」なのか。

 

注:その後、掲示板の方で、C62は自動給炭装置があるため、一人で運転可能なはずというご指摘をいただきました。言われてみれば確かに。(2001/7/4付記)

ゲームデザイン

選択肢と行き先の選択によってヒロインが決まるタイプのアドベンチャーゲームです。狙いを絞っていけば選択肢は迷いようがなく、また智香を除けば行き先は1個所固定なので、難易度は非常に低くなっています。

 プロローグの後にオープニングが入り(セカンドプレイ以降、Ver1.xではオープニング部分が、Ver2.xではプロローグを含んだ序盤すべてがスキップ可能)、前半は、平日は学校・仕事、休日はヒロインと会う、というスタイルを取ります。時折挿入される強制イベントがあり、イベント自体はそこそこ楽しいものの、学校や仕事の内容はみごとにセリフの使い回しばかりで、毎日毎日同じパターンが繰り返されます。正直なところつまらなかったのですが、逆に「つまらない」ことから得られる安心感を、その後の展開で一気に崩すことも可能である、という設定になっているようにも思えます(ただし、ひとえ・ふたえ両姉妹シナリオに限っての話)。序盤でのお祭りで一緒に行動してくれるキャラがヒロインになり得る、と見て間違いないでしょう(野本姉妹は例外)。

 後半になると、各ヒロインとのシナリオが待っていますが、ひとえ・ふたえ姉妹以外は急転直下という形でハナシが進み、唐突に終わります。

 各シナリオ間でキャラの性格が大きく変わる、ということはありませんが、重要な部分での設定説明が微妙にズレています。おそらく意図的になされたものであり、またこのズレは矛盾しているものではなく「違う角度での説明」といったものになっているので、なかなか憎い描き方と感じます。ひとえ・ふたえ両シナリオ間で、もう一方の姉妹の描写の妙は、なかなかよいと思います。

不具合・修正プログラム

 私の環境では、謎のエラーメッセージ発生(無視しても問題なし)する、スキップしても未読・既読の区別をしない、という不具合があります。EMUのサイトにアップロードされている修正ファイル(Ver1.2)を当てていますが、それでも改善されてはいません。マウスの反応も悪くメッセージ表示速度も遅いなど、使い勝手はあまりよくありません。

 また、不具合とは違いますが、フルカラー環境ではグラフィックがシマシマになってしまい、醜いことこの上ありません。ハイカラー環境で最適化されているようです。

 なお、その後アップロードされたVer2.0b(セーブデータの流用は不可)を用いることで、妙なウェイトは一掃され、メッセージ表示速度も改善され、スキップ速度も劇的に上がりました。もっとも「誤字脱字の修正」もあったそうですが、私の確認したかぎり、まだまだ未修整の個所が多く残っています。

操作性など

 CD-ROM2枚組となっており、うち1枚目がMIX-CDになっており、プレイ時には必須です。インストールは、最小・標準・最大の各オプションから選択可能で、最大の場合に必要なHDD空き容量は738MBでした。インストール中、出てくるマンガがなかなか楽しいです(^^)

 画面構成は、640×480とフルスクリーンから選択可能で、グラフィックが全画面表示、右上部にカレンダー、下部に半透明のメッセージウィンドウ、右下部に、セーブ・ロード・システム・メッセージバック・スキップの各ボタンが配置されていますが、なぜか「タイトル画面に戻る」メニューはありません(Ver2.xで追加されました)。途中でCGモードを見たくなった場合は、いったん再起動する必要があるわけで、これはちょっと不親切。また、メッセージバックも「セリフを1つずつ読み返す」だけで、それも前の画面に戻ってまで巻き戻すことはできないので、今ひとつ使い勝手がよくありません。スキップも速さは中途半端である上スキップ中も音声がチカチカ入りますし、メッセージフォントもどうにも読みにくいですし。さらに、メッセージウィンドウ左側に「とーら」という謎の部分がありますが、「フェイスウィンドウか何かをつけようと思いながら用意できなかったので取りあえず埋めました」という感じが伝わってきて、ちょっとイヤなものがありますね(^^;) なお、「Ctrl」キー押下で強制スキップ可能です。

 「システム」で可能なコンフィグは、メッセージスピード(3段階)、メッセージスキップ、画面効果、音声オン・オフ、画面モード切替、セーブデータ初期化となっています。基本的なことは揃えています。

 アクションは、キーボードまたはマウスで可能ですが、選択画面はマウスのみ対応です。

 セーブ&ロードは、選択画面以外の任意の位置で、20個所まで可能です。難易度は高くないのでこれでも十分ですが、ゲーム中の日付が表示されるのみで、セーブ時の実日時が表示されないのは実に不親切です(Ver2.xでも改善されていません)。セーブデータ自体も「save.sav」という単一のファイルに保存されてしまうため、整理がやりにくいのが残念。

 CGモードは、タイトルメニューから入れるようになります。各ヒロインごとにサムネイル表示されます。また、Hシーン回想モードもあり、各ヒロインごと・各シーンごとに、テキスト・音声つきで再生可能です。BGMモードも当然搭載されています。

サウンド

 BGMは、I'veの担当。私がこのゲームを購入する動機の1つが、主題歌「夏草の線路」にあったことは冒頭に書いたとおりですが、心底惚れ込んでしまいました。何も語ることはありません。BGM・主題歌は、すべてCD-DAとなっており、DISC1に収録されています。全部で18トラック(データ部を除く)ありますが、このうち4曲が「夏草の線路」(ロングバージョン・ショートバージョン・デモバージョン・キャラボイス挿入バージョン)、2曲が「夏草の線路」のアレンジとなっています。

 ただ、BGMとしては、同じ曲を使い回しているケースが多く、曲とシーンとのミスマッチを感じたこともありました。

 音声は、攻略対象キャラのみフルボイスとなっています。ばーちゃん、あるいは智香の友人のボイスがほしかったと思ったのは私だけでしょうか。演技はまずまずで、状況をきちんとつかんだものになっていた点はまずよかったところ。

グラフィック

 原画担当は「甲斐」氏(スタッフロールには「Design」として出てきます)。女の子は、釣り目系とタレ目系とにくっきりわかれますが、それ以上の描き分けがあまりうまくいっていないようにも見えます(^^;)

 上述の通り、ハイカラー環境でないと汚いのですが、ハイカラーでも時折縞模様が見られ、またゴミのようなものも散見されるなど、やや物足りないところが目につきます。

 また、喫茶店でのイベントシーンが多いにもかかわらず、背景がほぼすべて厨房のみというのは寂しいかぎり。客室の背景が登場するのは、智香シナリオでの一枚絵CGのみというのは、あんまりでしょう。これに限らず、背景CGのパターンがずいぶん少ないのが気にかかりました。また、「レイルウェイ」の建物…実物の駅舎をモチーフにしたほうがよかったと思うのですけれどね。無人駅の駅舎を喫茶店として活用している実例もありますし(釧網本線北浜駅、上砂川支線鶉駅など。ただし後者は路線廃止前に廃業しましたが)。

お気に入り

 萌え系のゲームではないのですが、1人挙げるのであれば、ひとえになりますね。ふたえも捨てがたいのですが、人間として(「女性として」ではありません)優等生すぎるところがちょっと好みじゃないので。

総評

 「癒し」「萌え」ないし「感動」といった、受動的な物語消費に対して惰性的な姿勢を取っているプレイヤーに対し、それを批判することなしに、しかし、その「姿勢」の窮屈な硬直性を再認識させるという作用をもたらしていると思います。その点で、他のゲームにはない力を持っていることは間違いありません。

 反面、「自分に嘘をつくことを恐れる」という姿勢を主要テーマに据えるということ自体、何度も繰り返しがきく手法とは思えないだけに、「一発芸」で終わる可能性は否定できません。また、主要2ヒロイン以外のシナリオの完成度がかなり低く、トータルバランスの崩れが大きいのが、このゲーム全体の評価を大きく減じる要因となっています。また、オーソドックスな展開には、非常に不安を覚えるのも事実です。

 しかし、奇を衒うのではなく、真っ向から「既存のパターンへのカウンター」としての作品に仕上がっているのは確かと思えますし、そのかぎりにおいて、ポテンシャルに期待したい、と思うしだいです。

 ただ…やっぱり「鉄」ネタの扱いは、どうにも中途半端で鼻について仕方がないですね(^^;

個人評価 ★★★★★ ★★☆☆☆
2001年6月19日
(6月21日、「サウンド」欄ほか加筆)
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