水月 F&C/FC01

2002年4月26日発売
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 このゲームを手に取ったのは、『Never7』(KID)に対して「嫌いではないけれどどうにも納得できない」という印象を抱いたことに対して、ある方から『水月』ならおもしろいと感じられるかもしれませんよと勧められたことがきっかけでした。

 ところで私は「“水月”なんて、ずいぶん風流な言葉を使ったものだな」と思ったのですが、「鏡花水月」といった慣用句だけでなく、実際に「水月」という単語が存在していたことを、ついさきほど『広辞苑』で偶然知りました。うーん、無知って怖い…。

シナリオ

 主人公・瀬能透矢(変更可能)は、気がつくと病院のベッドに寝ていた。しかも、自分が誰だか、そして周りの人々が誰なのかという記憶のいっさいを失った状態で。おまけに、在野の自称民俗学者である父親は意識が戻らないというのだ。手がかりは、毎夜見る謎の夢。ところがこの夢を、長く美しい黒髪を持った、不思議な雰囲気の少女もともに見ているという。主人公と彼女との関係の背景には何があるのか。そして、記憶のない彼の存在価値はどこにあるのだろうか。舞台である那波町の伝承を調べるという学校の課題を通じて、主人公はいろいろな謎に直面することになる。

 

 シナリオ担当は、トノイケダイスケ氏。

 最初に出てくるキャラクターが、いきなり主人公専属のメイドという目が点になるような設定で始まり(この設定そのものはのちにきちんと明かされます)、これ以外にも「プレイヤーの視点では」かなり違和感を抱かせるようなキャラ配置になっています。ところが、これは決してマイナス方向には働いていません。むしろ、見る者の抱く違和感を取っかかりとして、その不自然さを物語のコアとして埋め込み、伏線としているさまがうかがえます。香坂姉妹など、存在そのものがあまりにも都合よすぎる感じが拭えませんが、これは中核となる那波シナリオを別の角度から見たものともいえ、最初に抱かせる違和感そのものをきちんと消化しています。

 また主人公は、自分に関する情報がまったくないため、自分を/自分がつくる“宇宙”が固定していません。これを単に「子どもと同じ」と結びつけるのは無理ですし(対人関係に関する年齢相応の常識を持ち合わせているなど、一定の価値観を理解しているため)、従って自我がないわけではありませんが、再構築を進行形で行っていかなければ自我が崩壊するといった立場になっています。そして、この「再構築の進行」によってシナリオが進んでいきます。このように、主人公は“プレイヤーの手先”ではなく、主人公によって物語が規定されているわけです。このように“固定された存在”のうえに物語が構成されているため、進行に対して安心感があります。実際、このゲームでは主人公の顔が頻繁に出てきますが、これは主人公とプレイヤーとを一定程度分離する働きを担っているといえます。特に雪ルートで顕著ですが、主人公の表情を出すことで、プレイヤーのヒロインに対する“萌え”を抑制する一方で、ある限定条件下に置かれている(←これが重要)主人公という“人物”を一定程度型にはめる役割を果たしています。

 こういった形で、物語の軸に直接関わってくるキャラについては、ゲームでは一般的とされるような世界から多少なりともずらすことで、むしろシナリオを作り上げていく主体、あるいはそれに動かされる客体としてキッチリと示されています。

 

 一方、主人公が記憶を失っていなかった場合にも親しかったであろうとされる存在である(←まだるっこしいのですが、シナリオのコンテキストを考慮するとこう表現せざるを得ないので…)花梨と和泉の使われ方には、若干の疑問が残ります。

 花梨は巫女で実家が神社であるにもかかわらず、鍵となる個所で特に役割を果たしていないのは、残念と言うより肩すかしを食らいました。キャラはしっかり立っており、したがって「恋愛ゲームのヒロイン」としてはいいのですが、「この物語を支えるヒロイン」としては非常に弱い立場に収まっています。もちろん、主人公がマヨイガという空間に対してけりをつけるべくトリガーとしての役割を果たしてはいますし、その限りで意味はあるのですが、シナリオの最終段階において、彼女のキャラクターが物語における「可能性」を一意に限定してしまう方面に働いている気がしてなりません。

 和泉にいたっては、いわば「主人公視点での合理的な世界」における人間関係内部で物語を作ってしまっており、花梨シナリオに従属した存在となっているようにさえ見えるのが残念です。

 裏を返せば、主人公の“眼前の現実”を“合理的に(=神秘性を排し、物語を静的関係に帰一して)”把握するシナリオともいえますし、そういう面での解釈も可能ですが、雪ルートのノーマルエンドの役割を考えれば、やはり「日常的ラブラブシナリオ」を2つも用意した理由について、どうにも合点いきません。

 また、某隠しキャラの役割については、どうにもわかりません。あるものに対して意味を与えなければならないなんていう不健康な考えはしたくありませんが、どう考えても「ナニ?」という以上の反応を返せないもので。属性・嗜好への配慮(笑)であれば、香坂姉妹だけで十分でしょうし。

 概して、どのキャラもしっかりと描き込まれているため、隠しキャラを除けば「あんた誰だっけ」という存在はいないのですが、物語を作る設定・装置の周縁(あるいは外部)を構成するキャラクターは、その設定・装置をわかりにくくするという作用をもたらしているという印象があります。

 

 さて、物語のベースとなっているのは那波町の伝承を交えた故実であり、それを主人公が切り開いていく(外見的には主体的ではないケースも多々ありますが、それはさておき)ことで話が進みます。

 この故実の明かされかたですが、各シナリオ間で少しずつ出され、しかも個別のキャラクターが説明するシーンが多いため、それらを素直に統合しても矛盾が残る形になっています。しかし、主人公が選択した結果として、世界が変容したことを念頭に置けば、これらの矛盾がたいてい説明できるうえ、各シナリオでの“ナナミ”の意味合い、それに対する主人公の回答などが明確にわかる心地よさを、プレイするたびに感じられました。これは、プレイするごとに謎が解き明かされていくというのではなく、むしろプレイするたびに“ズレ”を生むことによって、その差異から、この物語のバックボーンをうかがっていくといったスタイルになっています。さらに、この設定を解するには、しばしば見られるような衒学的な知識に帰着するという手順は必要とはされないため、プレイヤー(=主人公の外にある解釈者)に“踏み絵”を求めないものとなっています。この手法は、ノベルゲームという受動的な姿勢をある程度認めるエンターテインメントとしてすぐれているのかどうか微妙であり、観念化の労をいとえばゴタクの羅列となってしまうのですが、ていねいに読み込んでいくことを楽しめるシナリオになっている、と評しておきます。

 また、ストーリーの流れが静的なものではなく、むしろダイナミクスを大前提としており運命論的なメビウスの輪に陥っていないため、次々と出てくる“局面”に論理優先の臭いがない点もあげられます。具体的なことはネタバレになるので書けませんが、“可能性”というタームが頻繁に出てくるうえ、存在そのものを抽象化することを“中途で”求められるなど、なかなか目新しい叙述方法といえましょう。

 なお、伝承に関する民俗学の一般的な方法論、あるいはかなりの程度普遍性の認められる解釈などを無視した推論がゲーム中で多々見受けられますが、それは『水月』の展開には関係ありません。いや、アカデミズムで一般的に了承されている方法論を取ると、滑稽譚になってしまうケースもあったのですが(^^;

 

 キーワードとなっている「マヨイガ」は、柳田國男『遠野物語』からきているのは間違いないでしょう。非常に有名な一節ですが、ゲームで用いられているのは神隠しとリンクさせたような形で、それも落人伝説と重ねるという体裁を取っており、民俗学に触れた方なら「おいおい…」と思われるでしょう。具体的には、柳田は

 遠野にては、山中の不思議なる家をマヨヒガといふ。マヨヒガに行き当たりたる者は、必ずその什器家畜何にてもあれ持ち出でて来べきものなり。その人に授けんがためにかかる家をば見するなり。女が無欲にて何物をも盗み来ざりしがゆゑに、この椀みづから流れて来たりしなるべしといへり。

と綴っています。解釈はさまざまに可能ですが(私見は差し控えておきます)、このようにゲーム中の用法とはかなり違いますので、念のため(^^; さらにいえば、ホンモノの“遠野物語”をのぞきたいのであれば、佐々木喜善の著述に直接あたるほうがいいでしょう……というのは置いておきましょう、きりがないし。

 

 テキストは非常に安定しており、目で字面を追っていると非常に心地よく感じられました。一方会話文では、論理が過度に突出しているケースが多く、それゆえに“肉声”を感じにくいところがありましたが、不可思議な事象を“内部から”切々と語っているため、実際には説明文同様であってもあまり嫌みにならなかったのはよかったですね。地の文はともかく、会話文については音声なしをベースとしていたのかもしれません。また、一画面あたりの文字数なども的確に配慮されているさまがうかがえます。

 日常シーンは、大笑いできるものは特にないものの、ほんわかとした暖かい雰囲気が続きます。くすくすっ、と、ふと笑みがこぼれるような展開がベースとなっています。

 

 あと細かい話ですが、北極星に関する叙述でかなり大きい間違いがあります。こと座α(ベガ)が北極星になるのが西暦一万五千年というのは誤差の範囲としても(実際には西暦14000年前後)、さらに九千年ほどかけて、また、こぐま座のαが北極星にというのはむちゃくちゃです。歳差運動の周期は約2万6,000年であり、こと座αからこぐま座α(ポラリス)に戻るには1万2,000年かかります。………え、こんなトコ誰も気にしませんか?(^^;;;

ゲームデザイン

 各ヒロインキャラごとにシナリオが分岐していくタイプのビジュアルノベルです。

 あるキャラをクリアすると出現するようになる隠しキャラが1人いますが、ほかのキャラクターはどのような順序でもクリアすることができます。しかし、ゲームの根幹をなす世界観の中核にして象徴であるキャラ、その世界観に裏打ちされた存在であるキャラ、世界観に揺さぶられるキャラ、世界観を別の角度から照射するキャラなどが入り交じっているため、クリアした順序によってシナリオに対するイメージが大きく変わるものと思われます。私は、那波→雪→花梨→和泉→姉妹→隠しキャラと、マニュアル掲載のキャラ紹介の順にクリアしましたが、これが望ましい順序であるわけではありません。

 なお、全CGをゲットすると、タイトル画面がかわるほか、「おまけ」メニューが現れます。

不具合・修正ファイル

 私の環境では、特に不具合は発生していません。F&CのWebサイトに修正ファイルがアップされています。

デモ・体験版

 デモと体験版が、それぞれF&CのWebサイトで公開されています。

操作性など

 対応OSは、Windows98/Me/2000/XPです。

 メディアはCD-ROM2枚組で、インストール時に必要なHDD容量は約700MBです。インストール後、プレイ時にはCD-ROMなしでもプレイが可能ですが、この場合はBGMが鳴りません。

 ゲームを開始すると「しおり」選択画面が表示され、3つのしおりから1つを選びます。セーブデータは各しおりごとに共通していますが、クリアしたキャラクターが各しおりにチップ表示されます。

 画面サイズは640×480で、フルスクリーン表示とウィンドウ表示を切り替えられます。テキストが全画面表示されるビジュアルノベルスタイルで、テキストは横書きと縦書きを切り替えられます。メッセージ読み返し機能、メッセージスキップ(既読/未読の区別あり)、マウス右クリックオペレーションのカスタマイズなどの諸機能が備わっており、キーボード操作もほぼ問題ないので、プレイ中にストレスが溜まることはほとんどないでしょう。しいていえば、メッセージスキップを止めるタイミングが難しいことがあげられます。

 セーブ&ロードは、ごく一時的なセーブデータを順次上書きしていくクイックセーブ・クイックロードが5個所まで、そして別個にセーブ&ロードが20個所まで可能です。これらは各しおりごとの数なので、20×3=60個所までセーブ可能ということになりますが、難易度はそれほど高いものではないので、それほど多用することはないでしょう。

 CGモードとHシーン回想モードは、各ヒロインごとにサムネイル表示されます。BGMモードは曲名選択方式となっています。

サウンド

 音楽担当はおおくまけんいち氏。曲はWMAで再生されます。個別の曲はさほど印象の強いものではありませんが、時間の“流れ”を感じさせないような、どこか超然とした雰囲気を感じました。オープニングの「水月」がいいですね。ボーカル曲が入っていないのはちょっと意外でした。

 音声はありません。発売当初、音声がないことに対してさまざまな声があったように記憶していますが、このテキストならそれも納得いきます。

グラフィック

 原画担当は☆画野朗氏。女の子はどのコもとてもかわいいのですが、目と髪だけですべてのキャラが決まってしまっているという観もありますね(^^; 背景も非常にきれいで、彩色もみごとなものです。パッケージ絵に抵抗がなければ、まず不満が出ることはないでしょう。なお、「シナリオ」欄でも説明したとおり主人公もかなり多くのシーンで描かれています。各キャラへの萌えでこのゲームを評価する場合にはマイナス印象が強くなるでしょうが、このゲームではプラスに働いていると判断します。

 ただし、画面切り替えのパターンがやや定型的で、シーンごとの切れ目をあまり意識できなかったのが残念です。各シナリオのエンディングまぎわで、一定程度の時間が経過する場合なども一瞬で終わってしまったのですが、せめて「………」といったテキストを並べる程度のことはしてほしかったのですが。

お気に入り

 那波ですね。黒髪&のほほん&にこーっにやられました。やっぱり私、こういうキャラに弱いんでしょうか(^^;

総評

 ビジュアライズな“現実”を倒錯化し、そして“非現実”を浮かび上がらせることに対して前向きな姿勢を取る人――いいかえれば、目に見えないものものであっても、肯定せずとも安易に否定しない人――に対しては勧められるものの、そうでなければ微妙な作品となっていると考えます。キャラがしっかり立っているため、かえってシナリオの取っつきにくさが浮かび上がってしまい、結果としてゲーム評価そのものがかなりプレイヤーの問題認識によってブレているのではないでしょうか。

 しかしシナリオの題材としては非常にユニークなアプローチだと思いますし、設定の使い方にも秀逸なものが多く感じられる佳作であると判断しています。

個人評価 ★★★★★ ★★★☆☆
2003年4月27日
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