2000年11月の戯れ言


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11月30日(木)

 この後しばらく、更新が不定期になる可能性大です。某掲示板でもちょろっと書いたとおり、医者に「早く寝なはれ」と厳命されているもので。もっとも、長々と夜型生活を送ってきたツケなのか、10時半に一旦寝ても夜の1時ごろになったらまた目が覚めてしまう(=10時半ごろに寝てもお昼寝と体が解釈してしまう)体たらく。まったく、不摂生というのはロクな結果を生みやしませんね(^^;)

 例の「「物語批判」をめぐって」テキストに関し、早くも4通のメールを頂きました(ERNさんを除く)が、そのすべてが私の論そのものに対するご意見・ご感想になっているのはなぜ(^^;) まぁいいんですけど。
 そのうちの一つに、「物語批判」を振りかざすことで、安易な相対主義に走り、何も大したことを生まなくなるのではないか、というご意見がありました。実際、こういった考えは政治哲学の分野などで活発に議論されていることですし、「物語批判」論が歴史修正主義のレトリックを援用するように見えるケースさえあることを考えれば、いわば<メタ>物語論的な発想が有効であることは確かでしょう。ただしそれは、あくまでも「物語批判」という方法が、安易に価値相対主義に直結することは、注意深く避けられなければいけない、というだけのことであって、「転倒」に対する快楽を追求するという姿勢そのものが古くなっているようには、私には思えません。このあたり、私の思考方法がかなり保守的であると言われればそれまでなのですが。

 ある人曰く「外道」の世界、またある人曰く「人外魔境」ともいわれる自爆系(自殺系?)サイト「MIZUHAの憂鬱」が、開設一周年を迎えたそうで、まずはおめでとうございます。表紙を見るたびに、ああ、また何かやっちゃったのかと思わせてくれますが、今回はまた…えぇと…(^^;


11月28日(火)

 今回、別のWEB個人サイト付属BBSにアップロードされたテキストを、本WEBサイトに無断転載するという、かなり無謀なことを行いました(その後、ご本人から、事後承諾を認める旨のメールを頂きましたので、現時点では著作権法上の問題はありません)。この手法が道義上問題があることは百も承知の上ですが、それよりも、WEBサイトという「いつ情報が消滅するかわからない、危ういベース」上での情報の保全の方が優先されるべきであろう、と考えた結果です。
 「情報」がどのような価値を持つか、は、それを手にした人次第であり、猫に小判というケースもあれば至高の財宝と扱われるケースもありましょう。しかしいずれにせよ、ゼロに帰すれば、それが再びプラスに転じることはないのです。記憶という曖昧な形で人の中に染み込むことはあれど、それが有機的に再活用されるということは、まずもって期待できないでしょう。
 こういう面は、タイミングを誤ると取り返しがつかない反面、その際に強引な手法を取った場合、私の判断ないし行動そのものが「責任ある人間」としての信用を落とすのみならず、他サイトに対しても「安易な追随」を招きかねないという危険性をも内包していますが、今回、マイナス面とプラス面とを比較し、プラス面の方が決定的に重要と判断した次第です。
 行動のマイナス面とプラス面とを単純に比較衡量するという手法は、安易に用いると、不法行為の正当化を助長しかねないので、サイトそのものが持つ社会的影響力を考えると、これまではたいてい二の足を踏んできたのですが(それで正解だったと思っております)、今回は管理人の判断(独断というべきか)で、こういう「強権的かつ強引な手法」を取りました。もちろん、「場が異なる」とはいえ「公開されている情報」である以上、著作権法における「保護」の埒外にあって然るべきデータである、という見方もできそうにも思えますが、これはやや牽強付会という観があります。
 この「手法」自体、あるいは私がこういう手法を今回取ったことに関して、ご意見などありましたら、忌憚なくお寄せ下さい。批判は甘んじて受ける所存です。

 『ONE』(Tactics)の「消滅」あるいは「別離」というテーマについて考えていくうちに、どことなく気になってきたのが、先日8点から7点に格下げしたゲームである『Hello Again』(アクティブ)。このゲームの場合、『ONE』とは逆に、「出現」というものが含まれているような気がしてきました。「出来の良いシナリオと悪いシナリオ」というアンバランスは否定できないものの、いずれメインシナリオをリプレイしようかな、という気になってきたり。
 こんなことやってるから、いつまでたっても『Phantom』(ニトロプラス)に手をつけられないんですけどね(^^;

 他の方が作られた攻略データを除いて、GIFファイルの全廃を達成しました。環境によっては若干見にくくなったかも知れませんが、もともと画像データはなくても一向に構わないテキストサイトですし、そのあたりはご勘弁を。もとより、古いブラウザではどう見えるのかさっぱりわからないのですが(^^;)、一応IEとネスケの両方で大丈夫であることは確認済みです。
 あと、リンクページの紹介文を、少しだけ見やすく直しました。レイアウト自体はまったく変わっていませんが。


11月27日(月)

 『めい・King』、やっぱりもう結構です、これ以上やっていても時間の無駄じゃあ(X_X )/~という状態になっています。もちろん、「ゲーム」というものをやること自体「時間の無駄」ともいえますが(身も蓋もない(^^;)、時間と労力を掛けた分だけ「楽しみ」を回収できるかどうかわからなくなってきました。そんな次第で、れびゅーのネタにするに留め、あとはもう知らん(^^;)

 長野県知事である田中康夫氏に関するメール(正確には、余談的な形で話題にしているメール)を頂きましたが、私は氏の作品を一つ(タイトル忘れました)読んだだけなので、何とも語りようがありません。そのときの第一印象というのが、一見軽薄そうに見せながらも、実は大衆消費社会以前の知識階級への憧憬を引きずっている古典的なインテリ、というものでしたが、これもキチンと読んでいればまた違っていたかも。いずれにせよ、論評できるほどには何ら情報を手にしていないので、コメントのしようがありませんです。


11月26日(日)

 気がついたら『めい・King』のリプレイ、シャルロット姫狙いで最初からやり直したりしているんですが、果たしてこの終末に終えられるものかどうか、はなはだ心許ない(^^;) プレイした方ならおわかりかと思うんですが、とにかく時間がかかるゲームである上、「繰り返しの半強制イベント」が多いので、うざったいことこの上ない。サンドラと毎週のように同じ問答を繰り広げるのが面倒なこと面倒なこと。
 それはさておき、5年目になると、姫が豹変しますね(^^;) なんだか、こう「手のひらを返したようにある日突然…」というのは、「コイツの今まではいったい何?」という気になって、どうも好きになれそうにありません。やっぱり私はプリンセアの方がいいやヾ(^^;
 ちなみに、すでにクリア経験のあるキャラは、椿だけです(^^;)

 なお、ここ一週間前後で、今年発売ゲームの「評価」に多少修正を加えた結果、「8点ゲーム」が『D+VINE[LUV]』(アボガドパワーズ)『Rumble』(ペンギンワークス)『真・瑠璃色の雪』(アイル)『プリズムハート』(ぱじゃまソフト)の4つと相成りました。レビュー書き直後のため押し上げられている面もある『プリズムハート』はさておき、それ以外は、他にはないものを見せてくれるゲームたち、といえるでしょうが、いくつか「8点ゲーム」から脱落させたモノもあります。
 そのうちの一つ『Hello Again』(アクティブ)は、やっぱり「評価に値するシナリオ」が2つ、「値しないシナリオ」が3つというのでは、いくら「楽しい」ゲームとはいえ、「8点」は過大評価だろう、と判断して格下げ。メインシナリオや真沙魚シナリオはいいんですけれどね。
 また『想い出の彼方』(PL+US)は、シナリオ間のバランスがやや崩れているという点が気にかかりました。エンディングフラグ方式が採られており、各シナリオを目にする順序が決められているのですが、最初の方に見られるシナリオの完成度が高い上に、複数シナリオ間のリンクがきちんと取られている反面、それ以降についてはやや弱い点が否定できません。よって、これらは「7点」と相成りました。
 そろそろ「一年のまとめ」をする時期に差し掛かっていますが、年内に『ファントム』を終えたいと思いつつ、いつになったらプレイできるのか、見当がつきません(^^;)


11月25日(土)

 『プリズムハート』と比較してみようと考え、『めい・King』(にくきゅう)を久々にインストールし、起動してみると…いらいらいらいらいら(^^;) 複数ウィンドウがパカパカ開くので鬱陶しいとか、ツールバーもなければ右クリックメニューも出ないとか、そういうのは「好みの問題」なのかも知れませんが、操作性そのものがなかなかわかりにくい上、メッセージウィンドウに対してフォントが大きすぎてよく読めないわ、戦闘シーンが中途半端に多いわ、etc. 私は一回最後までプレイするのが精一杯だったのですが、今からやり直すとさもありなんと思ってしまったものです。
 そして何より、姫君であるシャルロットが可愛くない(^^;) 『プリズムハート』のプリンセアは可愛いのに。そーいや確か、前にプレイしたときは、姫さんなんかほったらかしてたなぁ。

 バナーなどの表示を、基本的にすべてPNG形式に統一することにしました。当面、GIFファイルもサーバーの方には残しておきますが、やっぱりライセンス関係でややこしい話のあるフォーマットは使いたくないですし。WEBページ開設当初はそんなことまで気がまわらなかったので、かなりあちこちにGIFファイルがまだ残っていますが、Netscapeの最新バージョンではまず問題がなさそうなので、今後はすべてPNGファイルにします。すでにこの半年程度は、原則としてPNG形式を使うようにしてはいたのですが、結構あちこちに分散しているので…。
 参照:PNG普及プロジェクト JAPAN


11月24日(金)

 『プリズムハート』終了しました。『めい・King』をコンパクトにプレイしやすい形でまとめ直したもの、といったところでしょうか。
 メイン格5人のうち4人はみんな可愛かったです。そう、あの爆発娘を除いて(^^;) どうも、主人公とらぶらぶになったといっても、健気さや真剣さが今ひとつ感じられないというか…。意地っ張りながらも優しくてまっすぐなプリンセア、ドジだけど頑張り屋さんのコメート、「お兄ちゃん☆」キャラ・メル、不愛想ながら思いこんだら一途なカミナなど、他のキャラはみんな好みなんですが。
 しかしやっぱりすごいのは管理人さんでしょう。「人のベッドはおれのもの、おれのベッドもおれのもの」には爆笑しました。この他にも、やっぱりあった××××エンドが、事実上のドタバタギャグエンドになっていたのが楽しかったものです。キザーロフに対する女の子たちの声が面白かった(^^;)

 『プリズムハート』終了後は、レビューページのメンテナンスを継続、ひとまず大きな改変は終了しました。「白バック」ページをすべてなくし、スタイルシートを全レビューページに適用したので、レイアウトを完全に統一しました。併せて、いくつかのページを書き直し…たかったのですが、実際にかなり修正を加えたと言えるのは『五月倶楽部』だけで、あとは細部の修正に留まりました。「関連リンク先」欄など、かなりチェックを入れ直したかったのですが、すべてに目を配るのはやっぱり無理ですね。はにゃあ。
 また、プレイしたゲームが増えるに従って、「ゲームリスト」のページが肥大化してきたため、取りあえず二つに分割しました。それまでは50KBを超えていたのですが、これで何とかダイヤルアップでもストレスない程度になったかな。

 なお、ここ数日、レビューアップを集中的に行ってきましたが、ちょっち攻略の方も再開したいので、また更新の間が空きそうです。さすがに一ヶ月も間が空くことはないと思いますが。
 『プリズムハート』の攻略、まとめてみよっかな…。


11月23日(木)

 暦の上ではすでに小雪、日に日に寒くなっていきます。私は八月生まれということもあって、冬よりは夏の方が強いので、次第次第に外に出るのが億劫になっていったりします。不健康なことこの上ないのですが、考えてみれば高校生のころなど、冬になると出席率が低下していたような記憶さえあるので、相当な重症なのでしょう(^^;)
 『プリズム・ハート』は、四人目としてカミナを攻略。これまでの三人に負けず劣らず、やっぱり可愛いです。らぶらぶ度ではメルといい勝負ですし、頬を染めた表情がなかなかいいデス(酔っぱらってるように見えんでもないですが)。特に、月明かりを受けながら涙ぐんでいる和服の黒髪美人というCGには、やられました。女の涙は反則的な最強武器、という古典的な技(?)を使っているだけなんですけれどね。嫉妬深いということですが、相手に惚れればあの程度のリアクションは十分「可愛い」範囲でしょう。さすがに藁人形に五寸釘はやりすぎでしょうが(^^;) 残念だったのは、管理人さんの見せ場がこのシナリオではほとんどなかったこと。
 そんなわけで、いよいよメイン級の残りの一人、イーナに手を出しています。しかし、五月の時点では、これまでの四人と違って全然可愛くないと思うのは、私だけでしょうか。服装も修飾過多としかいいようがない異様さですし(『めい・King』の各キャラをそのまま思い出させるような…)。ストーリーの展開には、それほど意外さを期待できそうにない以上、あらゆる面において、ひたむきさのカケラも感じられないキャラに対して、この先どの程度思い入れができることやら。
 メイン級は以上五人、他にも二人のサブ級ヒロインがいる模様(オープニングに出てくる「七人のヒロイン」)ですが、エンディングはいろいろありそうですね。23日はこれのプレイで一日が潰れそうです。ところで気になったのですが、まさかキザーロフエンドとかないでしょうねぇ(^^;)

 「和服の黒髪美人」と書いたところで、『聖魔大戦』のシルエラを思い出したのですが、あちらはハートマークを撒き散らしながら周りのことを一切考えなくなる上に行動がストーカー的でさえあるので、私はちょっと遠慮させていただきます(^^;)


11月22日(水)

 『プリズム・ハート』、プリンセア、コメートに続き、メルを攻略。前二者と違って登場が遅い上に会う回数が少ないので、イベントがかなり細切れになり、暇なときに真面目に修行を続けると、十月半ばでパラメータがすべて最高数値になり、以後は修行はせずすべて「まったり」(^^;) メルというキャラ、兄貴にベタベタ甘えてくるなどかなりのブラコンだとか、やたらとあれこれ世話を焼きたがるとか、嫉妬深くて他の女の子にライバル意識剥き出しとか、『Graffiti』(ぷち)の高杉美咲を彷彿とさせます。「お兄ちゃん☆」と呼んで欲しい方は、取りあえず彼女、といってよいでしょう。シナリオはやっぱり薄くてベタですが、(プリンセアやコメートも含め)可愛いから許す! 勢いに乗じてカミナにも手を着けはじめましたが、さすがにすぐには無理そう。それにしても、プレイするたびに思うのは、管理人さん、あんた何者?(^^;)


11月21日(火)

 積みゲー消化作戦と称して、溜まったゲームを片端から食っていこう、と無謀なことを考えています…が、なかなかモチヴェーションが回復しません(^^;) レビュー書きと平行して、これまでアップしてきたレビューページのリニューアルを進行中です。かなりのページが以前よりも見やすくなったと思いますが、いかんせんレビューを1ページ1ファイルにしているため、書き直すのに時間がかかって…。

 さて、今日レビューをアップした『Once More Again』(アイル)のヒロインの一人、晶の描写の中に、「ハーフ」とか「クォーター」とかいった表現が出てきました。いいたかないですが、私はこういった表現が大嫌いです。「混血者(一般的には「混血児」というタームが定着していますが、複数系統の人種ないし民族にわたる社会的存在として見た場合、「児」という表現は不自然です。同じことは、中国残留日本人孤「児」という場合にも言えると思いますが)」という存在自体を異端としているからこそでてきた表現である、というのももちろんなのですが、それだけではなく、この表現の背景に、欧米崇拝的なイデオロギーが強く感じられるからです。日本語で「ハーフ」といった場合、一方が日本人として、もう一方が例えば韓国人、というケースを想像することはあまりなく、大抵条件反射的に白人(ひいき目に見た場合でも黒人)の血が流れていて、見た目にもそういうカラーがうかがえる、というイメージが湧くと思います。しかし、こういう「欧米系との混血者」のみをそういうタームでくくるほど、彼ら・彼女らの社会的存在感が高いとは思えません。第二次大戦終戦以前、日本が大陸諸地域(台湾も含めます)に対しておよぼした支配の結果、当然のように日本人とそれ以外の民族との交流は存在していましたし、何の注釈もいらない多民族国家であった当時の日本では、さまざまな形での混血があったはずですが、これを表現する用語が定着していないことを考えれば、少なくとも「異なる血が混ざる」ことへの違和感は、日本人はさほど強くは感じていなかったと考えるのが妥当でしょう(これは、日本人の間に、非-日本人に対する差別意識が強固に存在していたこととは矛盾しません)。結局、この言葉の背景にあるのは、民族的劣等感(欧米優位論を無意識裏に受容してしまう傾向)、あるいは人種差別的な意識(白人崇拝主義とも言えるか?)のように感じます。結果的にこういったことを語るのは「言葉狩り」につながりかねないのですが、少なくとも私は、自分から「ハーフ」あるいは「クォーター」という語を用いる気にはなれません。

 かなりレビューを集中的にまとめ書きしたので、そろそろ弾切れが近くなってきました(^^;) 次になるのは、『プリズム・ハート』(ぱじゃまソフト)あたりかな。コメートの触角リボン、可愛いですぅ(笑) 女の子は可愛く、という、基本に忠実な作りになっているので、なかなかよし。ひとまず、謎の女主人の正体を明かすまではがんばってみます…が、がんばってみると時間がかかるんでしょうね、やっぱり(^^;)


11月20日(月)

 机回りにCD-ROMが散乱している現状を何とかしよう、と思い、片付けをはじめようとしたのですが、その前に周囲にできている本の山を何とかしなくてはならず、そのためにはカオスという言葉をそのまま具現化しているがごとき書棚の整理に取りかからねばならず…と、はなはだ無駄な時間と労力を費やし、へとへとになってしまいました(^^;)
 ひとまず、この週末のレビュー三連発で、なんとか「見放されない」程度の更新にはなった、かな? 現時点は、173のレビューが並んでいることになりますが、実際にプレイしたゲームの数はもう少し多いので、まだまだですね。逆にいえば、ゲームリストの中に入っているゲームの中で、まだレビューを書いていないゲームを見てみると、何らかの法則性が…あるかな?


11月19日(日)

 二日続けてレビューアップというのもいったい何ヶ月ぶりになることやら。別段気合いを入れて書くほどの内容に満ちたゲームというわけではないので、気楽にプレイできる内容のモノだったということもありますが、マイペースを貫くと何も書かなくなるという悪癖が定着してしまうのもちょっと嫌なものがありますね。
 今回書いた『思い出アルバム』の中で、伶が『幸福論』という本について「16世紀のフランスの哲学者」云々といっていますが、誰のことを指しているんでしょうか? 私は『幸福論』といえば、19世紀スイスの哲学者、カール=ヒルティを連想するのですが(岩波文庫にて日本語訳が出版されています)。


11月18日(土)

 久々にレビューをアップしました。なんと、前に『きゃんバニ6』のレビューをアップして以来ですから、実に一ヶ月も間が開いていたということになるんですね(^^;) 攻略関係ばっかりに目がいっていたこともありますが、ゲーム自体が中途半端に手を着けてはほったらかし、というタイプが多かったのも確かなので、ひとまず楽にプレイできてサッと書けたものをアップしました。
 これの他には、1日「戯れ言」末尾で列挙した一群に手が着いていない上、『夜想夢』(Melody;2シナリオが未消化)や『プリズム・ハート』(ぱじゃまソフト;プリンセアをクリアしたのみ)などが「半端状態」の中に加わりました。『プリズム・ハート』は、女の子が可愛いという以上、特に書くこともなさそうな感じではありますが、それなりに楽しくプレイできたのは確か。やり込んでやる、と思えるほどに引きつける「何か」があるわけではないんですけれど、絵が良くてサウンドが良いとなると、やっぱりこうなるのかな。お話は…ベッタベタみたいっすね(^^;)


11月16日(木)

 『キャッスルファンタジア聖魔大戦』(Studio e.go!)のリニューアル版がこの冬に発売されますが、その中身は、一般版にHシーンを付け加えたもの、という位置づけになるそうですね。現在、このゲームの攻略法をまとめ中ですが、各章の戦闘パターンを一つ一つ書いていこうという目論見がすでに挫折(^^;) 完璧を目指しても仕方がない、という都合の良い言い訳を活用しようかと思っていますヾ(^^;
 なお、今後の新作購入に関しては、12月にずれこんだ『顔のない月』(ROOT)ぐらいしか予定がありません。新作ラッシュということで、かなり右往左往して錬金術にいそしむ方も多いようですが、物欲に走った挙げ句の果てが脇にそびえし高き塔(要は積みゲーの山)というみっともない現状では、購入抑制は自明の理…としておきましょう。
 年明けには、『シルバージーン』(キャンドル)を筆頭に、『恋愛CHU!』(SAGA PLANETS)と『青い空 -L'Oiseau Bleu-』(ぱんだはうす)を検討しております。それまでに山を切り崩さないと…。


11月15日(水)

 本ページを拝見した方から頂いたメールの中で、病院を舞台としたゲームはあまりプレイされていないのですね、というものを頂きました。『RK』(BLACK PACKAGE)などの例もありますが、確かに病院が主要な舞台となっているゲームはさほどプレイしていませんね。意図的に避けているわけではないのですが、私自身が、あまり病院というものと関わり合いにはなりたくない、と思っているせいかもしれません。
 そういえば、薬局で処方する薬で、間違ったものを渡すという、信じられないミスが日本経済新聞の夕刊に載っておりました。まったく…。
 私自身、薬が体に合わないということで、大変な目にあったことがあります。某病院で初診時に処方してもらった薬を、指定通り一日一錠ずつのんだ所、発疹が出る、食欲がまったくなくなる(一週間で体重が5キロ減りました)、異様にのどが渇く、関節がうまく動かなくなる、妙に汗をかく、全身に猛烈なだるさと不快感が走る、といった、素人目にも明らかに薬の副作用と思える症状がいろいろ出てきたので、五日たったところで薬の服用をやめました。そして、初診から一週間後、その旨をいうと、「あーそう、それなら一日おきに、薬を三分の一ずつに砕いてのんで」。副作用が出ればやめる、というのが鉄則なのでは、と思い、知り合いの薬剤師氏に相談してみました。氏はその薬について、勤務先の病院で調べてくれたところ、どうやら私の症状はものの見事に「私が薬に対して過敏症である」ことを示すものであり、これを飲み続けると脳梗塞を誘発する可能性が高いとのこと。また、一錠のんで副作用が出れば、どんなに減らしても同じことであり、そもそも錠剤においては「一の下にはゼロしかない」ということでした。さらに、この薬、スマートドラッグの一つとしてその筋では有名なのだそうで、かなり入念な検査をしてからでないと出さないのが常識なのだそうで、初診で出すということ自体が理解に苦しむそうな。「薬剤師として忠告しておく、そんな無責任な医師にかかってはいけない」ということも言われたものです。
 この病院は、かなりの歴史と伝統をもつ古い大病院なのですが、そういう病院でも、こういうことは充分におこりうるのです。また、医療ミスにより多少の身体的な故障が起ころうとも、実際に訴訟などを起こして勝てる可能性は非常に低いというのが実情のようです。私はその後、薬の服用をやめてから一週間ほどして体調がほぼもどり、三週間ほどで体重も元に戻りましたが、こういう実例もあるのです。
 現時点では、医療機関とは無縁に過ごされている方々も、情報収集には、くれぐれも怠りなきよう。まちがっても看護婦さんの品定めばっかりするなんてことはなさらないように。


11月12日(日)

 しばらく、ゲームをプレイできる状態、ないしは時間を確保できそうにないので、ちょっと更新間隔が開きそうです。「戯れ言」だけの更新が続く、というのは本意じゃないのですが、そういう形にならざるを得ないかも知れません。ご了承下さい。
 今から『痕』と『カナン』とのレビューを読み直してみると、「こういう作品に出会えて良かった」と心底思いながら書いていたというのがアリアリとわかり、ちょっと恥ずかしかったりします(^^;) そうはいっても、『痕』については、それ以降のゲームの中で一種の教科書的な作品と化しているのに対し、『カナン』はシナリオ面においては時が経てども風化することのない、いうなれば現代という時代そのものを考えさせてくれる作品に思えます。もっとも、最近は『Kanon』と間違える方さえおられるので、なんだか悲しくなってきたり。まぁ、この冬までプレイしなかった私も、あまり大きなコトは言えないのですが。

 『AIR』レビュー要望のメールをいただきました。攻略と違って、レビューは要望にお応えして書いているのではなく自分で勝手にプレイして自分で勝手に書いているのですが、このゲーム、やたらとレビューが書きにくいんです(^^;) 『闘神都市II』ほどではないにせよ、自分なりの関心をもとに切り込む場合、果たしてそれがどの程度有効であるのか、見極めがなかなか大変である上に、リクツ抜きで感じた印象が基本的にマイナス性向だったこともあって、文章化するのはかなり時間がかかりそうです。そんな次第で、状況がよくなるまで、しばらくお待ち下さいm(__)m


11月8日(水)

 掲示板では、高評価ゲームを「戯れ言」で再検討したい、と書きましたが、SHEOさんGUSTAVさんの掲示板などでいろいろと考えることが出てきたので、ちょっと別の話題に関して。

 『継母調教』(大熊猫)のβ版評価が、いくつかのレビューサイトにて報告されていますね。実情を正確に語ることはできませんが、レビューサイトのうちいくつかに対し、β版を配布して評価してもらう、というもののようです。どのような範囲に対しお呼びがかかったのかはわかりませんが(私のトコロには来ました。知らぬ顔の半兵衛を決め込んだのですが)、レビューサイトの市場に対する影響力というのは、一管理人である私の想像以上に大きいのかもしれません(カウンタすらつけてないぐらいなので、そういうことはあんまり考えていないんです)。
 さて、タダでゲームをプレイできるというオイシイ話なのに、なぜ受けなかったのか。自分で文章を書く場合には、自分で買ったゲームでないと思うようにいかないという直接の理由もさることながら、自分のWEBサイトの「自己満足」という自分なりの意味づけを減じていくことにもなりかねない、という懸念があったことも確かです。臆病に過ぎるのか、はたまた自分が頑固なのか、それは判断がつかないのですが、消費者としてのプレイヤー、制作者としてのソフトハウスという両者の関係が健全なものである(現状が健全であるとは到底思えないのですが、それはこの際ひとまず措きます)ための前提条件の一つが崩れてしまうのではないか、という恐れを感じたのです。プレイヤーはあくまでも「商品」としての作品を購入しているわけで、ソフトハウス側が供給する「商品」に対して下す「評価」は、「購入」を前提としたものであるのが自然です。
 今回の例のみならず、クリエイターの方から個人的に「このゲームやってみて欲しいのですが」と、β版や製品版をプレイしてみて欲しいという打診があったことは、今までもありました。しかし、そもそも言語等のパラメータを介することなく規定することが不可能である「自己」を語ることについて断念している私にとって、「自己」の抱く評価基準そのものを明確化することなどはできない相談です。不器用なのは否定できませんが、その「不器用さ」を克服した場合、このページに並べられたレビューの群れは、その意味づけを大きく変えることになりましょう。それが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが、私としては、「自己」を見る鏡の一つとしてこのサイトを運営しているつもりですので、このスタイルを変えるつもりはありません。

 諸般の事情につき、しばらくコンテンツの更新間隔が開きそうです。ご了承下さいm(__)m


11月4日(土)

 なんか固い話が多いので(^^;)、近況報告とゆーか、私の日常に起こった小さな出来事に関して。このページでは基本的にゲームと無関係の話はしないのですが、たまにはいいかな、と、趣向を変えて。なお、下記に出てくる姓は、仮称です。

 先日、某学会発表の準備を終え、空が白み始めたそのとき(←要は徹夜作業…もっと早く終えろよ自分(^^;)、早暁6時半、電話が鳴りました。祝日ということで家族はまだ夢の中、唯一起きてる私が受話器を取ることになります。
 「もしもし、こちら○大の石井と申しますが」
 石井という姓には聞き覚えがある。確か、先日助手として赴任された方の姓だ。専門領域があまりにも違いすぎる上、当方は形式上休学という形を取っているので、直接の面識はなく、従って会話をしたこともないが、私に電話をしてくる「石井」姓の人は他には心当たりがない。しかし、こんな朝早くから、いったい何事なのか。はっ、ひょっとして今日の学会に関して、何かあるのだろうか。
 「はい、××(私の本名)ですが、もしや、今日の学会で何か」
 「ええとですね、実は、フランス語の通訳をお願いできないかと」
 なんですとー? 確かに、某国の高名な研究者が今日の学会に来て報告を行うのは知っていたし、その方は日本語ができないので通訳がつく、という話は聞いていたのだが。
 「あのー、通訳の方がいらっしゃるハズですよね」
 「それなんですけれど、先方と一緒においでの大学院生の方が急に体調を悪くされたとのことで、ほかにフランス語ができそうな方は、ということで。××さん、第二外国語、フランス語ですよね」
 確かに教養での第二外国語はフランス語だったが、点数は単位をもらえるギリギリという点数であり、ろくすっぽ覚えてはいない。じっさい、大学院入試での第二外国語には、フランス語はとうてい無理なので、イタリア語とロシア語とで悩んだ挙げ句ロシア語を選択したくらいである。先方は「教養の第二外国語がフランス語の院生」という思いこみがあるのだろうが。
 「ちょっと待って下さい。私のフランス語は、通訳なんかできる水準じゃありませんてば」
 「まぁまぁ、この前フランス語の翻訳やってらしたじゃないですか。院生ならそうやって修行積んでくもんですし(笑)」
 あんたねぇ。そりゃ、読書会などでフランス語部分の訳読をやって、それを共同訳出文として連名でレポート発表したこともあるので、一応勉強を続けてはいるけれど、それも読むだけで、会話なんて不可能だ。
 もっとも、助手の方というのは、当然研究者でもあるわけで、院生という身分あるいは立場というものは先刻ご承知、その方が「修行積んでく」とおっしゃると、なかなか重みがある。
 「そうはいっても、専門分野がまるで違うと通訳などできるわけありませんから、レジュメなどありましたらFAXかE-mailでお送りいただけますか」
 「わかりました、FAXでお送りします。番号、**-****-****ですよね」
 「え? ***-***-****ですよ」
 「ええ? あのぉ、鈴木研究室の高橋さんですよね」
 「いいえ、田中研究室の××ですが」
 「え、え、え? ……あ、あのぉ、学会って、△△学会ですよね」
 何やら工学系の名前らしい名詞を含む学会名を語るが、当方は文学部卒であり、法学部あたりならともかく、そういうのとは縁もゆかりもあり得ない。  「いえ、私が本日発表するのは、□□学会ですが」
 「え、あ、えーと、 ……朝早く申し訳ございません、間違えました。大変失礼いたしました」
 がちゃん。
 コードレスフォンを肩の上に載せながら仏和辞典なぞゴソゴソあさっていた私は、ふーっと大きな溜息をついた。

 間違い電話というのはときどきありますが、まさか「当日に学会」という点で共通してしまい、あまつさえ第二外国語がフランス語だった人間がこの世にいるとは。どうやら、向こうがかなり焦っていて、こっちの名前をよく聞き取らなかったのが直接の原因のようですが、それにしてもまぁ…。
 その後、発表前にこの話をマクラに用いたところ、受けたことはいうまでもありませんでした(^^;)
 みなさんも、早朝深夜のボケ頭状態での電話連絡の際には、確認をキッチリと、お忘れなきよう。


11月2日(木)

 某学会発表の準備中ということもあって、ちょっと論調が政治学や歴史学の方面に走りがちです(^^;) そーゆーのには興味ない、という方はさっさと別ページに移動しましょう、時間と通信費のムダですから(←いーのか、そこまで言い切ってしまって…)

 1日(水)のNHKで、本邦を訪問したイランのハタミ大統領とのインタビューが放映されていました。NHKの女性インタビューが、イランという「イスラーム国家」(イスラームという宗教について造詣の深い指導者のもと、イスラーム社会を実現している国家)における女性の地位に関して、それが抑圧的なものなのではないか、という質問をしているのを見て、日本という国がいかに西欧的な視点に染まっているか、そして(皮肉な言い方をすれば)思想的にも「脱亜入欧」をいかに徹底させているかを感じたものです。同国における女性の置かれた社会的地位が、日本という国に住むものから見ていかに奇異なるものに見えようとも、そのこと自体に容喙することは、注意深く避けられるべきでありましょう。イスラームというものの前提に女性劣位を据えるという視点自体、「オリエンタリズム」の浸透を実証するものなのですが、日本人から見たイランへの視線そのものも、結局はこの延長にあるに過ぎないのか、と思った次第です。もちろん、同国において、ハタミ政権下の自由化路線のもと、女性の活動範囲が広がっているのは事実ですが、重要であるのは、社会の中における民衆の意向をいかにまとめ、そして政治と社会とのバランスがいかに保たれているか、でありましょう。民衆の欲求を汲み上げることができない政権は、一定以上の識字率と一定程度の情報が行き交っている大衆社会においては、必ず崩壊への道を歩むということは、歴史が証明しているといえましょう。知識人が弾圧される状態で独裁政権などが維持されている場合であっても、その政権が社会に対して与えているマイナス面は、民衆レベルでは許容範囲とされているわけで、これが許容範囲を超えて初めて、民衆による大規模な反動が発生するわけです。この「社会」というものの自律性を無視することは、単純に「権力」の暴力性を過大評価するものに過ぎない、そう考える私には、自分たちの尺度において「自由」の水準を考えてしまう滑稽さに、何とも嫌気がさしたものです。まぁ、私自身、かなり保守的な思想の持ち主なので、民衆のパワーが革命的に爆発するという現象の「特異性」にばかり着目してしまう、という面も否定はできませんけれど。

 この番組を見てふと思い出したのが、『エレンシア戦記』の私のレビューに対して「厳しすぎる」という内容のメールを頂いたことでした。しかし、「民主主義」というものを、実際の武力を持っている権力者側が民衆へと押しつける形でイデオロギー化することは、むしろ国家のイデオロギー性を高めることにほかなりません。民衆が蜂起する条件が社会経済的に整っていることが前提であり、それ以前の状態では、革命と「民主主義」イデオロギーとの連係は意味をなさず、大した時間を挟むことなくたちどころに崩壊することは、カール=マルクスという偉大なる先人の論証、あるいはフランス革命における権力闘争と結末などを見れば、多くの議論を要することではないでしょう。この『エレンシア戦記』の場合、一指導者の観念的な民衆崇拝的なイデオロギーが、その後に成立した統一国家に与えた悪影響に関しては、一顧だにされることなく、ただひたすら「弱者の味方バンザイ」に近い、つまらない「信念」が貫かれていると感じます。中世における「民衆」――「大衆」という社会階層が形成されておらず、ただ「非=エリート」であるに過ぎないところの「民衆」――の評価に関し、とんでもない勘違いを抱えた指導者が、「民衆」の間でカリスマ的な人気を得るということ自体の滑稽さも踏まえると、このゲームにおける主人公・ファイゼルに関して、私は(政治・軍事の両面において)指導者となるには非常に危険な存在であろう、と認識している次第です。
 むしろ、社会の変革に際しては、個々の「人間」としての存在があることを確認したうえで、絶望することなく前向きに「明日には希望がある」と思えるような状況を作り出していくこと、そしてそういう姿勢で社会変革がなされることが重要でしょう。現実を乗り越えようという姿勢を体現していく人物には非常に魅力を感じますし、またそういった人物に対して羨望の念を抱きつつ幾ばくかの希望をそういう人物に託すという姿勢にも感ずるものはあります(名作『カナン』における登場人物たちは、まさにこういう姿勢を示していたといえましょう)。しかるに、周囲が「悪役」となるだけの条件をすべて整えた上で、自分たちのみが孤高の存在であるかの如き姿勢を見せた上、その根拠にイデオロギー的理想主義を据えている時点で、『エレンシア戦記』は、シナリオ面ではプラス評価には値しない作品と断じるべきであろうと考えます。閉じた言語空間内部で自己完結する「社会」の醜悪さは、語るに及ばぬものですから。
 この点、思想的に「進歩派」の方はどう思われているのかな、などという興味もあるんですが(^^;)


11月1日(水)

 最近送られてくるメールの中で、「ご案内」のページが他のサイトとずいぶん違う雰囲気を醸し出していますね、というご指摘がありました。自分のWEBサイトが他とどう違うか、を説明する意味もあって、それなりに細かく修正を重ねつつも、サイト草創期から内容の主軸をさほど動かしていません。開設当初から様々な形で応援していただいた方々の姿勢なども拝見しながら、自分がこういうものである、ということを示すことで、逆に、「こういう方にこそ見ていただきたい」ということを明確にしているつもりでおります。一言でいえば、「異なった視点での物言いを認められる人」にこそ、見て欲しいな、と。自分本位という姿勢は悪いものではありませんが、独善的な「自分勝手」というのは醜いものです。したがって、「私はこう思う。そして私がそう思うのは自由だ。だから勝手にしてくれ」という方は、お引き留めいたしませんし、文字通り勝手にやってくれ、という気持ちになります。「Kenさんの主張が「自分本位」とは思えないのですが」というくだりが、そのメールの中にはあったのですが、「自分」からスタートして「自分」へと還っていくプロセスを追うことは、他の方が見ても「タダの無駄」になるとは限らず、有益なものとなる可能性も充分にあることを踏まえた上での「自分本位」というつもりです。まぁ、偉そうなゴタクを重ねる私とて、いつなんどき「正論」をもって「異論」制止という形での「言論弾圧」を行ってしまうかわかりませんから、「語るものに課せられし義務」については、絶えず考えていかないといけないと思います。

 現在、他のサイトで話題になっているゲームの攻略データ作りなどを行っていますが、なかなか思うようにははかどりませんね(^^;) 『Snow Drop』はβ版がやっと完成したので、しばらくしたら公開できそう。次いで、旧作掘り返しとして『許嫁』(ZERO)と『聖魔大戦』(18禁版:スタジオ・エゴ、一般版:アグリー)を検討中ですが、前者はエンディングフラグ方式が採られている上に分岐となる選択肢がちょっとわかりにくいので検証に時間がかかること、後者は分岐となる点はほぼ絞り切れているものの好感度の上下やイベントCG発生条件がまとめきれていないことのため、まだ公開は先のことになりそうです。後者は、リニューアル版にも適用できればいいのですが、果たしてどうなるか。
 また、リンク先コメントの変更を、実態に応じて行いましたが、どちらかといえば加筆した一方のような気がします(^^;) さらに、私個人の巡回頻度に応じて、上下の変動を行いましたが、この「上下の位置関係」は、単に個人的にお邪魔する頻度の高低を示すものに過ぎず、決して「お勧めサイトが上位にある」ことを意味するものではありませんので、各ジャンルごとに上の方のリンク先サイトをご覧になって「………」と思われても、私は責任を負えませんヾ(^^;
 そういや最近、レビューよりも攻略の方がペースが上がっていますね(^^;) うーん、レビューを書けるだけのネタはないことはないはずなのですが、どうにも「中途半端にかじる」というケースが増えているのが困ったところです。『らぶらぶナビゲーション』(カクテル・ソフト)は2人攻略、『果てしなく青い、この空の下で…』(TOPCAT)は1人攻略、『カナリア』(フロントウィング)に至っては未攻略という中途半端なありさま。とほほ。



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