2006年4月の戯れ言


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4月29日(土) コミュニカシオンって、何?

 昨日の本欄で書いた『春萌 ~はるもい~』、サクッとコンプリートしました。淡雪→葱娘→隠しルート→沙緒の欄でクリア。葱娘はひたすらスペースキーを連打するのみで苦行に近く、隠しルートはストーリーもへったくれもないだけなのでこれも何もなくでしたので、実質的にはメイン級である沙緒とのお話を中心に取り組むこととなりました。

 この娘との会話は決してつまらないというのではありませんが、どうにも「シチュエーションをつくろうとして、一所懸命に考え出したセリフがつながっている」ように思えてなりません。なるほど、会話文をつくるにしても、丁寧に草稿を作り、念には念を入れて校正するのは当然です。しかし、この沙緒との会話は、ゲーム内の状況をどのように説明するかがまず先にあり(会話内容が説明っぽいというわけではありませんので念のため)、それに適合するような(一見突飛に思える)フレーズを並べているように感じられます。結果として、会話に人間相互のぶつかり合いが感じられず、したがって真剣勝負的な(ゲームチックな)緊張感もない。だらだらした時間が経過し、その中でときおり見せる「恥じらいの表現」というモノを交えることで、仲が進展していることを示すだけ。これでは、恋物語にはとうていなりえていません。

 リプレイはしていませんが、最初にプレイした淡雪ルートがいちばんマシだったような気が。しかしこれとて、気の置けない幼なじみからのブレイクスルーが大甘。告白なりキスなりセックスなりといったイニシエーションを介するのはよいでしょう。しかし、これらは相互依存状態になるための要件とはなるかもしれませんが、それを保証するものではありません。むしろ、そういった儀式を経てもなお、別れていた間の変容を再確認し、結局結ばれないままで終わる、というエンディングもアリだったのではないかと。お互いがそれぞれ好きであっても、それだけでは恋人になれるわけではない――東京、札幌、そして過疎化の進む地方(……にも見えない描写が多々あるのが困りものですが……)という「文化的三角関係」を体現しうる主人公と淡雪のカップルの場合、そういう結論のほうが物語として美しいと思ったのは、私だけでしょうか。

 あと、割とどうでもいいこと(であろうと思う)ではありますが。沙緒はとあるシーンで、タイトルのようなフレーズを連発します。「コミュニケーション」なら外来語として完全に定着していますが、フランス語で「コミュニカシオン」という表現を用いることは稀でしょう。そういう稀なケースとしては、バタイユのいう、融合とも別離とも調和とも付かない緊張関係に満ちた相互依存関係における、暴力的な情報交換を示すのが多いと思われます。それを念頭に置いているなら、もっと破壊的にまで沙緒が二人の繋がりを求めたともいえましょう。しかしその割には、あのシーンのあとは淡泊。燃え上がる情念を表面化したシーンにしたほうがよかったようにも。もっとも、沙緒は単に頭に血が上っているだけでしょうし、あのタイプのキャラはそんなこと考えてないか。

 約一名とのつきあいを無視すれば、決してムカつくことはなかったのですが、いろいろな面で「つくりもの」らしさが鼻につきました。既存の記号からのちょっとしたズレを求めたという狙いは見て取れるのですが、単に文法というレールと平行に敷設したライン上を進んでいるに過ぎなかったような印象を受けます。約一名を除けばキャラのつくりは悪くないのですが、うまく踊らせることができなかったという気が。テキストについても、用いているフレーズが多いものの、語彙がそれに追いついていない印象があり、学会発表に追われた大学院生が論文の片手間に書いたメモをつなぎあわせたような文章に思え、どうにも読みにくいものでありました。

 あまり“リハビリ”にはならなかったようです…。

4月28日(金) ゲーム世界での生活感

 「戯れ言」の更新でさえ4ヶ月、つまり1年の3分の1近い間隔が空いてしまいました。掲示板でのレスはおろか、メールへのお返事などもすっかり滞っており、申し訳ないです(そうはいっても、スパムを除けば数少なくなりましたが)。

 一時期体調を崩していたこともあり、そのリハビリということで、某ゲーム情報サイトの特設ページにて紹介されている『春萌 ~はるもい~』(LOVERSOUL)を買ってきました。

 現在1人(淡雪)をクリアしたところですが、会話のノリについていけない(灰音さんとの会話は楽しいですが)こと、ストーリーの組み立てに芸がないことなどが鼻につき、今のテンションではコンプリートできる自信がありません。連休が始まる前までにケリをつけるつもりですが、まずは葱娘が最大の障壁になりそうです。

 端的にいえば、登場人物に生活感がありません。キャラクターが徹底的に記号化されて“属性”のみに帰する形態になっている――換言すれば、匿名化されたヒロインズのみが居並ぶ――のであれば、生活感を人物から疎外させ、結果として各記号の意味づけを鮮明にすることは可能です。しかし、このゲームでは、各キャラクターの心情、そしてそれとリンクさせた行動をして、プレイヤーを魅了せしめるタイプの設定になっているとしか思えないのに、人と人のつながりが希薄で――キャラどうしのじゃれあいという“演技”段階のものではなく、相互依存関係を暗示するようなつながりがない――、軒並み受動的なのは困ったもの。また、(これは淡雪エンドしか見ていないため断定はできませんが)言動にも行動にも一貫性が欠落しているように思えるのも、いかがなものか。

 なお、このゲームの舞台は北海道の田舎とのことですが、こちらの面ではツッコミどころが多すぎる気がいたします。北海道とは思えない描写あり、過疎地とは思えない描写あり。北海道在住経験も地方居住経験もない私が抱く違和感など、そう明確な根拠に根ざしたものではないのは百も承知ですが(一応、北海道は、冬、春、夏、秋と各シーズンに訪れてはいます)、たとえ旅行者の視点であっても、現地の人の行動をしっかり観察していれば絶対に出てこない(あるいはチェックをスルーしない)程度の描写が多いわ多いわ。観念が先に立っていることの証左でしょう。

 今年最初に買ったゲームではありますが、「やっちまったか…」という気になっております。



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